第11話
「ねえ」
沈黙を破るように、紫のラインの女性が言う。
「とりあえずは、お互いの名前でも決めない?」
「……名前って……」
蒼斗は、その紫のラインの女性を見る。
「本当の名前を言ったら死ぬんだって、そもそも君が言ったんだろう?」
蒼斗が言うと、女性は軽く首を横に振る。
「そうだけど、いつまでもお互いに名前も解らないままじゃ不便でしょう? きっと……」
紫のラインの女性は、大きな鉄の扉を見る。
「私達をここに閉じ込めた人は、必ずいつか何かしら私達にしてくるわ」
「……それは……」
蒼斗は口ごもる。
確かにそうだろう、いつまでもここに閉じ込めっぱなし、という事は無いはずだ。
「だからその時に、少しでもお互い信頼しあえる様に、まずは呼び名でも決めましょうよ」
紫のラインの女性が言う。
「しかし……」
赤いラインの青年が言う。
「名前を決めると言っても、どんな名前にするんだ? あだ名とかか?」
「嫌よそんなの……」
言ったのは、藍色のラインの女性だった。
「もしもそこから、本名を推測とかされて、名前を言い当てられたりとかしたら……ひょっとしたらその時点でこの仮面が……」
藍色のラインの女性が、ぶるっ、と身体を震わせる。
「……それは……」
蒼斗は呟く。
そうだ。
何故今まで、そこに考えが至らなかったのか。
本名を自分で口にすれば、仮面は爆発する。
だが……それだけで終わりでは無い、という可能性も、もちろんあるのだ。
例えば誰かが……
誰かが、自分の名前を皆に聞こえる様に言ったら?
「……それは、確かにそうよね……」
紫のラインの女性は口ごもる。
「そ それなら……」
蒼斗は、再び沈黙が訪れそうになった気配を察して、慌てて言う。
「お互いの、仮面の色を呼び名にする、というのはどうですか? 色の名前だったら、本名からは離れているだろうし」
蒼斗が言うと、紫のラインの女性が頷いた。
「そうね、それなら確かに、本当の名前を知られずに済むわ」
紫のラインの女性はそう言って、じっと……
じっと、蒼斗の方を見る。
「……っ」
蒼斗は、思わず身を退かせていた、仮面越しで顔は解らないけれど、それでも……
それでも彼女が、多分自分とそれほど変わらない年齢の女性なのだろう、という事は、もうここまでのやりとりで何となく想像が付いていた、そんな女性に真っ直ぐに見つめられた経験があまり無いせいで、やはり目が合うとどうしても緊張してしまう。
「貴方は、凄く綺麗な青色だから、アオ、っていうところでどう?」
「……アオ、ですか……」
本名と、少し似ている、と蒼斗は思ったが、どうせ色程度で自分の本当の名前になど気がつく者はいないだろう、と、蒼斗は納得することにした。
「それで、良いです」
蒼斗は、頷いて紫のラインの女性に言う。
「うん、よろしくね、アオ」
紫のラインの女性が、仮面越しでも解るにこやかな笑みを浮かべる。
「じゃあ……」
そのまま紫のラインの女性は、藍色のラインの女性に目を向けた。
「差し詰めそちらの彼女は藍色だから、アイってところでどうかしら? 女の子っぽいしね」
「え ええ……」
藍色のラインの女性、アイは、ぎこちなく頷く。
「だったら」
黄色いラインの青年が、隣にいる緑のラインの男に向かって言う。
「お前はミドリだな?」
「……俺は、男なんだけど?」
ミドリは少しだけ不快そうに言った後、じっと黄色いラインの青年を見る。
「だったら、お前はキイロだな」
「……キイロ? そっか、俺黄色い線なのか」
キイロは、そう言って頷いた。
「だったらそれで良いよ、じゃあそこのお前はアカだ」
赤いラインの青年を指差し、キイロが言う。
「ああ、それで良い」
赤いラインの青年は、そう言って、まだ端の方にいるオレンジ色のラインの男に向かって言う。
「だったら、彼はオレンジ、そういう事で良いかい?」
オレンジ色のラインの男、オレンジは、黙っていたけれど、それを否定しなかった。
「最後は……」
キイロが、紫のラインの女性に向かって言う。
「私は、そうね……ユカリ、で良いわ」
紫のラインの女性が言う。
「紫は『ゆかり』、とも読むし、少しは女の子らしい名前が良いしね」
ふふ、と。
ユカリは笑って言った。
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