第10話

「あ あの……」

 もう驚く事も、嫌だと感じる事も無いくらいに見慣れてしまった、バケツを逆さまにした様な仮面。

 そして、仮面の中に仕込まれているとおぼしきボイスチェンジャーによって、変な甲高い声に変わってしまっている声。

 それらを見聞きしながら、蒼斗はその影の主をじっと見つめる。

 こちらは男子の制服に身を包んでいる、多分男性だろう。

 仮面に描かれているラインの色は、緑色だ。

「……こ ここって、何処、なんですか?」

 そいつがおずおずとした口調で言う。

「説明するから、まずはこちらに来てくれるかい?」

 赤いラインの男が言う。

「は はい」

 緑のラインの男はそう言って、あたふたと慌てふためいた足取りで、こちらにやって来る。


「さて」

 緑のラインの男が、広間に入って来た後。

 みんなは、広間の真ん中に置かれたソファーの上に腰を下ろしていた。

 大きなテーブルを囲んで、コの字型に並んだソファー。その上座、というのだろうか? とにかく一番正面の席に、赤いラインの青年が座る。

 向かって左側には、藍色のラインの女性が座り、その横には紫のラインの女性が座り、一番端に座っているのは蒼斗だ。

 右側には、最後にやって来た黄色いラインの男と、緑のラインの男二人が座っている。

 オレンジのラインの、例の扉をこじ開けようとしていた男は、座る事を勧めたみんなの言葉に、激しく首を横に振りながら、部屋の隅の方に蹲るようにして座っていた。

「改めて、状況を確認しようと思う」

 赤いラインの青年が、みんなを見回して言う。

 誰も何も言わない、赤いラインの青年は、黙って続けた。

「我々は、それぞれ状況や時間は異なるようだが、とにかく、ある日突然、ガスの様な物で眠らされ、気がつけばこの建物の中にいた、それは全員そうだと思うけど、どうかな?」

 赤いラインの青年が言う。

 みんなそれぞれ頷いたり、肯定の意を口にした。

「所持品は全て奪われ、服もこの……」

 赤いラインの青年が言う。

 全員が、自分の着ている服を見た。

 深緑色のブレザーに、チェック柄のズボン、ブレザーと同色のネクタイに白いワイシャツ、そして革靴というのが、男性全員に共通する服装だ。

 女性陣も同じ色のブレザーと、赤色のネクタイ、そしてチェックの柄のスカート、という服装だ、女子と男子で異なってはいるが、それは紛れも無く……

「この、学生服、の様な格好に着替えさせられている」

 赤いラインの青年が言う。

「……の、様な?」

 オレンジのラインの男が、ぼそぼそした声で言う。

「学生服、じゃないか? これは……」

 オレンジのラインの男が言うと、赤いラインの青年はそちらに顔を向けた。

「残念ながら、本当に学生服、とは呼べない、この服には校章もついていないし、学年を示すものも付いて無いしな」

 赤いラインの青年が言う。

 その通りだ。

 一体、何処の学校の学生服をモデルにしているのかは知らないが、この服には確かに、そういった物は一切ついていなかった、ポケットはブレザーにもズボンにもあるが、残念ながらそちらも空っぽだった。

 それでも。

「着心地は悪く無いんだけどね」

 言ったのは、藍色のラインの女性だった。

 蒼斗はその言葉に頷いた、確かに、妙に慣れた着心地、という感じがするのだが、自分の高校時代、中学時代を振り返っても、こんな制服の学校に通っていた覚えは無い。

「確かにね」

 赤いラインの青年も頷いて言う。仮面のせいで見えないが、その顔にはきっと苦笑いが浮かんでいるのだろう。

「だが、今は制服の着心地よりも重大な事がある」

 赤いラインの青年が言う。

「それは……」

 緑のラインの男が言う。

「これ、だな?」

 こん、と。

 黄色いラインの男が、自分の顔に被せられた仮面を、軽く拳で叩いた。

「そうだ」

 赤いラインの青年が言う。

「どうやらこの仮面には、ボイスチェンジャーが仕込まれているらしい、その為に妙な声になってしまっている、そして……」

 赤いラインの青年は、そこで言葉を切る。

 スリット越しでも、その目が何処に向けられているのか、蒼斗には……

 否。

 この場にいる全員が、解った。

 まだ、テーブルの上に置かれたままの、あちこちが焦げた例の仮面だった。

「……この仮面には、どうやら爆弾が仕掛けられているらしい」

 赤いラインの青年が言う。

「爆発の条件は一つ」

「自分の名前を、誰かに教える事よ」

 赤いラインの青年が言った直後に。

 紫のラインの女性が、はっきりとした口調で告げた。

 全員が……

 その言葉に、黙り込む。

 またしても、沈黙が訪れた。

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