第8話

「……ひとまず、君はここに」

 赤いラインの引かれた仮面の青年が、紫のラインの引かれた仮面の女性に告げ、近くのソファーに座らせた。

「君、ちょっと彼女を見ていてくれるかい?」

 赤いラインの青年が、藍色のラインの女性に言い、そのまま蒼斗の方を振り替える。

「僕は、少しこの中を調べに行こうと思う、まだ人がいるかも知れないし、それに……」

 もしも誰かがいて、その人物、あるいは人物達も、今、まさに自分の名前を互いに、教えあおうとしていたら……

「……っ」

 その後に起きるであろう出来事を想像して、蒼斗は思わず息を呑んだ。

「……行こう」

 蒼斗は、頷いた。


 まずは、最初に自分が出てきた方の通路を調べよう、という、赤いラインの青年の提案に従って、蒼斗は再び、さっき出てきた通路に、また再び立っていた。

 だが……

 相も変わらず、しん、と静まり返った通路、並んでいる扉は何処も全て閉じていた。

 ゆっくりと近付いて、扉に耳を押し当てるが、やはり中からは何も聞こえない。

 扉を叩いても、結果は同じだ、通路自体にも、何の変化も見られない。

 蒼斗は、ゆっくりとした足取りで、別な扉に耳を押し当てる。だけどやはり何も聞こえない。

 思えばこの建物は、一体何なのだろう?

 ただ自分や他の皆を閉じ込める為だけに存在する施設、とは思えない。そもそも……

 そもそも、自分達を誰かが閉じ込めたのならば、一体。

 一体そいつは、何故未だに姿も見せず、何も言って来ないのだろうか? そればかりか、こうして建物の中を自由に歩かせている、まあ、自分達が行ける範囲に、見られて困る様なものは無いから、別に構わない、と思っているのかも知れないが……

 それにしても……

 自分達をせっかくここに閉じ込めたというのに、何故……

 何故、何の反応も無いのか。

 ただここに閉じ込めるのが目的だった?

 否。

 それは無いだろう、もしそうなら、名前を言っただけで死んでしまう、という『ルール』には一体、何の意味があるのだろう? 閉じ込めのが目的なら、死なせたら意味が無いではないか。

 解らない。

 蒼斗には、いくら考えても解らない。

 ふうう、と息が漏れた。

 両親の顔を思い浮かべる。父も母も、今頃どうしているだろう?

 自分を探しているのだろうか? もしかしたら母は、自分を心配して、今頃泣いているかも知れない、父はもしかしたら、今の時刻は解らないが、街中を走り回っているのかも知れない。

 ぎりっ、と歯ぎしりする。

 早く……帰らないと。

 ここに自分を閉じ込めたのが誰なのかは知らない、だが。

 早く、帰るんだ。

 どんな奴が、何の目的で自分を閉じ込めたにしても……

 必ず見つけ出して……

 蒼斗は拳を握りしめる。

 昔から、そうだった。

 他人を上から押さえ付け、自分の言いなりにさせて、理不尽な状況に追い込んで楽しんでいる人間。

 そういう人間を、蒼斗は……

 蒼斗は、心底から軽蔑している。

 そうだ。

 そんな奴は……

 そんな奴は……

 蒼斗が言おうとした直後だった。


 ……わあぁっ!!


「っ」

 声がした。

 近くの部屋、では無い。

 後ろの方、つまりはあの広間の方からだ。

 蒼斗は振り返る。

 今の声は……一体……

 それと同時に、バタバタと足音や、騒ぎ立てる声も聞こえて来る。

 蒼斗は辺りを見回す、相変わらず周囲の部屋からは何も聞こえないし、誰かが出て来る気配も無い、中に誰かがいる様子も無いし、やはりここには誰もいないのでは無いだろうか?

 今は、あの広間に戻った方が良いだろう、もしかしたら……

 もしかしたら、自分達をここに閉じ込めた『犯人』が、現れたのかも知れない。

 行こう。

 蒼斗は頷いて、そのまま踵を返して走り出した。


「ここから出るんだぁーっ!!」

 広間に戻るなり、蒼斗の耳に飛び込んで来たのは、もの凄い怒声だった。

 思わずぎょっとした蒼斗の目に映ったのは、オレンジ色のライン。

 男子高校生の制服を着、蒼斗達と同じ、バケツを逆さまにした様な仮面を被った人影が、必死になってあの大きな扉に縋り付き、無理に押し開けようとしていた。

「畜生っ!! 開けっ!! 開けよおっ!!」

 頭をぶんぶんと左右に振りながら、そいつがもの凄い声で叫ぶ、声は相変わらず変えられていて解らないが、その口調と服装から男性だ、という事は解った。

 だけど……

 あまりガタイが良い、といは言えない細い体型の蒼斗よりも、その男性はかなり細く、少しだけ露出している肌も、不健康に白かった。

 それでもその男性は、ぴったりと閉じられたあの大扉の隙間に爪を差し込んで、無理にこじ開けようとしていた、仮面のせいで見えないけど、きっとその下の顔は今頃、必死の形相をしているのに違い無い。

 だが、いくら彼が頑張っても、あの大扉は開けられないだろう、あの程度で開くのならば、蒼斗達も苦労しないで済んだだろう。

「おい、止めろ!!」

 声がする。

 あの赤いラインの青年だ、青年の肩を掴んで扉から引き離そうとしていた。

「そんな事をしたって無駄だ、この扉は力尽くで開けられるものじゃ無い!!」

 赤いラインの青年が怒鳴り付ける。

「うるさいっ!!」

 オレンジ色のラインの青年は叫びながら、さらに扉を開けようとした。

 だが、やはり扉はびくともしない。

「ぐっ、ううぅ……」

 オレンジのラインの青年は、唸りながら扉を開けようとした。

 だがやはり、結果は同じだ、赤いラインの青年も、もうそれ以上何も言おうとはしなかった、いっそ試して見て、無駄だと知れば諦めるだろう、そんな風に思ったのかも知れない。

 そして……

 オレンジのラインの青年は、その後もさらに力一杯扉をこじ開けようとした。

 だが……結局扉は開かず。

 オレンジのラインの青年は、荒い息をつきながら、やがて、ずるり、ずるり、と、扉に縋り付いたままで、その場にへたり込んだ。

 沈黙だけが、周囲に訪れた。

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