第7話

「とりあえず」

 赤いラインが引かれている、どうやら青年らしい人物が言う。

「ひとまず、ここはお互い自己紹介でもしないか?」

「……自己紹介?」

 藍色のラインが引かれた女性が言う。

「ああ、ここからは簡単に出られそうも無いし、きっと我々は長い時間を共に行動する事になる、そんな気がするんだ、だからまずは、お互いの事をちゃんと知る必要がある、と思う」

 赤いラインの青年が言う。

「……それはまあ……確かにそうかも知れないけど……」

 藍色のラインの女性は、何処か不安そうだ。

「知らない人間に名前を教えるのは不安かい?」

 赤いラインの青年が言う。

「……出来れば、ね、男性は少し苦手なの」

 藍色のラインが引かれた女性は言う。だけど……

 だけど、確かにこの状況では、互いの事を何も知らない方がもっと不安かも知れない、何しろお互いに、顔も見えないのだ。

「でも、まあ良いわ、今は確かに……情報が大切だし……」

 藍色のラインの女性はそう言って、二人に、仮面に覆われた顔を向けた。

「私は……」


「待って!!」


 声がした。

 例の仮面に仕込まれたボイスチェンジャーのせいで、やはり男とも女とも着かない甲高い声に変わっていたけれど、それでも、その口調からして女性だと解る。

 それと同時に、バタバタと走ってくる足音がする。

「……?」

 蒼斗は眉を寄せながら、その声がした方を見る。

 その声が聞こえてきたのは、まだ誰も来ていない、という話の、あの右奥の通路からだった。

 そこから、誰かが走って来る。何から逃れる、というよりは、急いでここに来なければいけない、という様な勢いだ。

 そして。

 ややあって。

 広間に飛び込んで来たのは、女子の制服を着た人物だ。

 蒼斗はそいつを、じっと見る。

 やはり、バケツを逆さまにした様な奇怪な仮面を被っている。その仮面に引かれたラインの色は紫色だ。

 そして……

 その女性は、右手に何か黒い物を握りしめている。

「……何あれ?」

 藍色のラインの女性が言う。

 それに誰かが何かを言うよりも早く。紫のラインの女性は広間の真ん中に走り、テーブルの前で足を止めた。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 運動は得意では無いのか、彼女は膝の上に両手をついて、身体を前に倒して荒い息を付いていた。

「だ 大丈夫か?」

 蒼斗は、思わず問いかけていた。

「え ええ、大丈夫よ……」

 女性はそう言って、ゆっくりと顔を上げた。

「……それよりも、聞いて頂戴」

 彼女は言い、手に持ったままの黒い塊の様なものを、そっとソファーの真ん中に置かれたテーブルの上に置いた。

「……っ」

 それを見て、蒼斗は。

 そして、他の二人も、同時に息を呑んでいた。

 それは……仮面だった。バケツを逆さまにした様な形の、スリットの入った仮面。

 だが……

「こ 焦げてる……の?」

 藍色のラインの女性が言う。

「……ええ、そうよ」

 紫のラインの女性が言う。

 彼女はそのままソファーに腰を下ろす。

「この子は、貴方達と同じ、『ここ』に連れて来られた人なの」

 紫のラインの女性が言う。

 その言葉に、蒼斗はじっと……

 じっと、テーブルの上に置かれた仮面を見る。


「私も、あの通路の一番奥の部屋で目を覚ましたのよ」

 紫のラインの女性が言う。

「そして、しばらく室内をうろうろしていたんだけど、鍵が開いたから部屋を出たの、そしたら、ちょうど隣の部屋からも、同じ様に人が出て来たわ、多分女の人だったと思う」

 紫のラインの女性は、そう言って息を吐いた。

「……お互いに、どういう経緯でここに連れて来られたのか、連れて来られる理由に心当たりは無いかって話していたけど、お互いにほとんど覚えは無かった」

 紫のラインの女性はそう言って、また息を吐いた。

「そしてその後で、とりあえず自己紹介でもしましょうっていう話になったの」

「……自己紹介……」

 赤いラインの青年が呟いた。

 紫のラインの女性は、黙って頷くと続けた。

「そして、名前を彼女が言った途端に、この仮面が……」

 彼女はそう言って、自分の頭に被せられている、バケツを逆さまにしたみたいな形の仮面の下の縁、ちょうど首の辺りを撫でた。

「……爆発したの」

「ば……」

 藍色のラインの女性が、驚いた声をあげた。

「爆発!?」

 蒼斗も驚いて聞き返す。

「ええ」

 紫のラインの女性は頷いた。

「彼女の頭は、そのまま吹き飛んで……そして……」

 そこまで言って、彼女は口を噤んだ。

「……これ以上は、ちょっと……言いたくないわ、でも、その女の子は、結局そのまま死んでしまった」

 誰も、何も言わない。

「とりあえず、じっとしていても仕方無いし、もしも、他にも連れてこられた人がいるのなら、とにかくこの事だけは伝えようって思って、ここまで走って来たの、そして……」

 紫のラインの女性は、みんなを見回す。

「……そして、到着したら案の定、自己紹介なんていう話をしていたから、慌てたわ、とにかく……」

 彼女はそこで居住まいを正し、みんなを見回す。

「死にたく無かったら、ここでは絶対に自分の名前は言っちゃダメ」

 蒼斗は黙り込む。

 他の二人も、黙っていた。

 自分の名前を言ってはいけない。

 名前を言えば、その瞬間に。

 蒼斗は無意識のうちに、自分の仮面の、さっき紫のラインの女性が撫でていた部分を撫でていた。

 テーブルの上に置かれた仮面を見る。

 黒焦げになった仮面、形も、蒼斗自身の物は解らないが、他の三人が被っている物と全く同じだ、ただ一つ、仮面には南京錠が着いていない、恐らくは爆発の衝撃ででも壊れてしまったのだろう。

 内側は見えないけど、どうなっているのかなんて確かめる気力も湧かなかった。

 とにかく……この仮面は危険な物だ、という事だ。

 そして。

「……他には、何人がここにいるか、あんたは解るかい?」

 赤いラインの青年が、紫のラインの女性に問いかける。

「残念ながら、解らないわ」

 彼女はそう言って、ゆっくりと……

 ゆっくりと、息を吐いた。

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