第6話

 広間に先にいた二人も、蒼斗に気づいて、ソファーから立ち上がって蒼斗の方を見る。

 蒼斗はじっと、その二人を見る。

 バケツを逆さまにした様な機械の仮面を被った顔が、こちらに向けられる。その目元には、やはり目元にだけスリットが開けられている、その向こうから僅かに目が見えた。だがその目元だけでは、その表情は見えない。

 二人共、ブレザータイプの学生服を着ている、左側にいる方は灰色のズボン、右側にいるのは、チェック柄のスカート姿だった、きっと彼女は女性なのだろう。

 そして……

 蒼斗は二人の仮面をじっと見る。

 仮面の右上の方。

 そちらに、それぞれ線が引かれている。

 恐らくはペンキで描かれた物だろう、左側にいる男性には、赤い線が、右側にいる女性には、藍色の線が引かれている。どちらも仮面の右の上から、首の辺りにまで引かれている、もしかしたらあれは、女性と男性を分けるためのものなのだろうか?

「……あの……」

 蒼斗は、おずおずと二人に声をかける。

「……こんにちは」

 口を開いたのは、赤い線が引かれた男性の方だ、声は相変わらずくぐもった妙な声だったけれど、その口調や雰囲気から、恐らくは自分とそれほど変わらない年齢の青年だ、と解る。

「もしかして、だけど……」

 もう一人。

 藍色のラインが引かれた女性が声をかけて来る、やはり彼女も、自分とそれほど年齢が変わらない女性だと解る。

「貴方も、連れて来られたの?」

 女性が言う。

 蒼斗はその言葉に、女性を見、ついで赤いラインの引かれた青年を見る。

「……『も』という事は、その……」

 その問いかけに、青年は頷く。

「ああ、そうだ、僕も大学の帰りに、車に乗り込んだら、その中にいつの間にか空き缶の様なものが置かれていた、そして……」

 青年は、少しだけ顔を上に向けて言う。自分が眠らされたときの事を、思い出しているのかも知れない。

 藍色のラインが引かれた女性も、スリット越しに目を閉じているのが見えた。

「私もそうだったわ、突然眠らされたの、一体何なのよ、あれは……」

 女性が言う。

 蒼斗は、黙って二人を見ていた。

「そして、気づいたらあの狭い部屋にいた、因みに」

 赤いラインの青年は言いながら、ゆっくりと部屋の左奥の隅を指差す。

 蒼斗はその時になってようやく、そちらの方にもさっき蒼斗が通って来た様な通路の曲がり角がある事に気づいた。

 否。

 そちらだけでは無い。

 右奥にもやはり同じ様な曲がり角が見え、右の前方にも同じような角が見える。

 蒼斗が来た左前方の通路も含めると、どうやらこの部屋には四隅に、曲がり角があるようだった、その向こうは見えないけれど、きっとさっき蒼斗が通って来た場所と同じ様な、あの狭い部屋に入る為のドアが沢山並んでいるのだろう。

「僕が目を覚ましたのは、あの先にある一番奥の部屋だった」

 青年が言う。

「……俺は……」

 蒼斗は黙って、左の前方の通路を指差した。

「あっちからだ」

「私はあっちの方」

 藍色のラインの女性が、右の前方を指差した。

 それを聞きながら、蒼斗はじっと……

 じっと、四隅の通路を見る。

 通路は全部で四カ所。

 蒼斗は左の前方、赤いラインの青年は左の奥の方。

 藍色のラインの女性は右の前方、という事は。

 まだ誰も来ていないのは、右の奥側の通路、という事になる。

 もしかしたら、そこからも誰かが……

 蒼斗はそんな事を考えながら、右の奥の通路を見ていた。

 だが残念ながら、そちらからは誰も来る気配が無い。

 沈黙だけが、三人の間に下りる。

「それで……」

 蒼斗は二人に声をかける。

「脱出する方法は、解らないのかい?」

 蒼斗は問いかけた。

「解るわよ」

 藍色のラインの女性が言いながら、ゆっくりとソファーの並んでいる中心部の右側を指差す。

 蒼斗はそちらを見る。そして……

 そして、愕然とした。

 中心部の右側、この部屋の真正面に当たる部分。

 そこに、一枚の扉があった。

 かなり大きな金属製の扉だ、中央に黒い線が走っている、どうやら両開きになっているらしい、蒼斗はゆっくりと扉に近づき、表面に手を触れた。ひんやりとした金属の感触が、手に伝わって来る。

 蒼斗は、その扉を拳で叩いた。

 かん、と微かな音が響く。

 だけど扉はびくともしない。

「ダメだよ」

 赤いラインの青年が言う。

「鍵がかかっている、びくともしない、おまけにかなり分厚い扉だ」

 青年が言う。

 蒼斗は何も言わない。

「鍵を開けない限りは開かない」

 赤いラインの青年が言う。

 蒼斗は黙って扉の周囲を見る。

 分厚い金属製の扉、その横に、またしても例の四角い金属製の箱が取り付けられている。

 つまりは、この扉も、蒼斗がいたあの部屋と同じく、あの開閉装置によって制御されている、という事か。

「ついでに言えば……」

 赤いラインの青年が言う。

「破壊する事は不可能だ、さっきも言ったけれど大きいし、分厚い金属の扉だからね、破壊するには戦車でも突っ込ませるしか無い」

 赤いラインの青年は、冗談なのか本気なのかよく解らない口調で言い、肩を竦めた。

 そのまま青年は、ゆっくりとソファーに腰を下ろした。

「残念ながら、ここからは脱出出来ない、少なくとも今の時点では、ね」

 青年が言う。

 蒼斗は黙って青年を見る。

「きっと……」

 藍色のラインが引かれた女性が言う。

「まだ、他にも人がいると思うって、さっきこちらの赤い人と話していたの」

 藍色のラインの女性が言う。

「通路は全部で四カ所、そのうちの三カ所から一人ずつ人が来た、という事はつまり……」

 赤いラインの青年が言う。

 その先は聞くまでも無かった、蒼斗は黙って、右奥の通路を見る。

 そこからはまだ、誰も出て来ていない。

 つまりもう一人……誰かがいる、という事になる。

 その人物が姿を現すまで、恐らくはあの大きな扉は開かない、という事か?

 それとも……

 蒼斗は目を閉じる。

 あの通路には、まだ沢山の扉があった。

 あの中に、或いはあの通路にあった全ての扉の向こうに人がいるのか……そいつらが全員、ここに到着するまで扉は開かないのだろうか?

 解らない。

 蒼斗には、何も解らない。

 一体、これから何が始まるのだろう……?

 蒼斗は、胸の中で呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る