第4話
部屋から出た瞬間、仮面を被っていてもはっきり解る埃っぽい空気が鼻を突いた。
薄暗い廊下が、右側に伸びている。
蒼斗はゆっくりと周囲を見回す。
自分がさっきまでいた部屋と同じ様な、分厚い鉄の扉が、まるでホテルの客室の廊下のように等間隔で並んでいる、その数もかなりのものだ、どうやら自分は、この廊下の一番奥の部屋にいたらしい。
蒼斗はゆっくりと顔を上げる。
天井からは、さっきの部屋と同じ様な裸電球が、やはり等間隔で並んで廊下全体を照らしていた。
やはりコンクリートむき出しの壁が続き、辺りには誰の姿も無いし、床の上にも何も落ちていない。
ちらりと横を見れば、同じ様な鉄製の扉が見えた。
あの扉の向こうはどうなっているのだろう? 自分が今までいた部屋と、同じ部屋があるのか、それともまた違う部屋があるのか、あるいはさらに通路が延びているかも知れない。
蒼斗は、ゆっくりと隣の扉に歩み寄る。
自分がさっきまでいた部屋と、全く同じ鉄製の扉だ、となるとやはり、この向こうにも同じ部屋があるのだろうか? 蒼斗は、軽く扉をノックしてみた。
こん、こん、と。
静まり返った廊下に、ノックの音がいやに大きく響いた。
だけど……
そのノックに対しての返事は、何処からも聞こえてこない。
目の前の扉も、他の扉も開く様子は無い。
蒼斗は、扉にぴったりと耳を押し当てた、向こう側の様子が、これで少しは聞こえるかも知れない、そう思ったけれど、何の音も聞こえてこない、この向こうには誰もいないのか、それとも扉が分厚くて、向こう側の音が届かないのか。
解らない。
だけど、いつまでも何の音もしない扉に耳を押し当てていても意味が無い。
蒼斗は、ゆっくりと扉から耳を離す。
扉を開ける事は出来ないのだろうか?
そう思いながら、蒼斗はノブに手をかけた。
だが、ガチャガチャとノブが回る音が響くばかりで、扉はやはり開かない、扉には鍵穴の類も見当たらないけれど、一体どうやって鍵を開けるのだろう?
扉の周囲を見回して、そこで蒼斗は、扉の右横に目を止めた。
そこの壁に、何か銀色の箱の様な物が取り付けられている。
「何だこれ……?」
蒼斗は呟いた。
手で触れて見る、金属製の、スマートフォンくらいの大きさの銀の鉄の箱、ツルツルとした金属に覆われていて、残念ながら中身は見られない。
だけど。
箱の上下からは、人差し指くらいの太さの黒いコードが三本、壁にぴったりと貼り付けられて伸びている。
ゆっくりとそれを撫でる。
壁に固定されていてる上に、見た目よりもかなり頑丈らしく、引っ張ったくらいでは千切れそうも無い。
だが、このコードと箱が、この扉の開閉を司る、何らかの装置という事だろう。
見たところスイッチも何も無いが、どうやって操作するのだろう? それが解れば、この扉を開けることも出来るかも知れない。
だが……表面をいくら撫でても、何か反応がある訳でも無いし、金属の箱を掴んで引っ張っても外れる様子も無い、どんな仕組みなのかは知らないが、コンクリートむき出しの無骨な外観と裏腹に、この建物は意外とハイテクなのだろうか?
解らない。
蒼斗は、ゆっくりと振り返る。
さっき自分が出て来た部屋の扉の横にも、やはり同じ様な金属の箱が取り付けられていた。
蒼斗は、じっとその箱を見る。
やはり、何処にもスイッチなどは無い、蒼斗には起動させる事も出来ない、だけど、この装置が起動したおかげで、蒼斗は外に出られた、という事だろう。
それは……
蒼斗は、黙って目を閉じる。
たまたま蒼斗が目を覚ましたのと同時に、たまたま蒼斗の部屋だけ、この開閉装置が作動し、たまたま蒼斗だけが外に出る事が出来た。
そう考えて、蒼斗は軽く笑う。
無論、そんな偶然があり得るはずが無い。
つまり……
蒼斗は目を開け、さっきまでいた部屋の中と、廊下をもう一度見た。
そこには誰の姿も無いし、天井には裸電球がぶら下がっているだけだ、壁にも何も取り付けられてはいない。
だけど、実際に蒼斗は部屋から出る事が出来た。
つまり、何者かが何処からか蒼斗の様子を見ていて、蒼斗が目を覚ましたのを確認し、何処からかあの開閉装置を作動させて扉を開けた、という事だ。
恐らくそいつは、今も何処からかで蒼斗を見ているのに違い無い。
蒼斗は拳を握りしめる。
だけど、一体何処から。
そして……
そいつは一体、どうして蒼斗に対して何もしてこないのだろう? 誘拐したのならば、少なくとも自由に動けないように拘束するとか、普通はするはずでは無いだろうか? それなのに、蒼斗は変な仮面を被せられているだけで、自由に歩けるし、身体にも異常は無さそうだった。
しかもわざわざ、せっかく閉じ込めた場所から出すなんて……まあ、この建物の中から出れなければ、部屋から出たところで逃げられる心配は無い、と思っているのかも知れない。
解らない。
犯人の目的も、自分を自由にさせる意図も、そもそもこの仮面は何なのかも。
確かめる方法は、一つしか無い。
蒼斗は、廊下の正面に視線を向けた。
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