第3話

 蒼斗は、ベッドに腰を下ろした。

 項垂れて目を閉じる。

 誘拐。

 監禁。

 そんな、テレビの中でしか聞かない様な出来事が、まさか自分に降りかかるだなんて。

 そもそも、自分を誘拐して、犯人、或いは犯人達は、一体何をしようというのか?

 自分はごく普通の一般家庭で暮らす、今では学生ですら無いフリーターの若造だ、特に家に金があるわけでも無いし、特殊な才能も無いのだ。

 まさか……

 誰かと間違われた?

 そんな考えまで浮かんで来る。

 だが、一体誰と?

 解らない。

 結局、蒼斗には何も解らないままだ。

 顔を上げる。

 相変わらず、ぴったりと閉じられたままの扉と、コンクリートむき出しの殺風景な部屋、天井からは、傘も無い裸電球が一個ぶら下がっているだけだ、その頼りない灯りと、顔に被せられた奇怪な仮面のせいで、相変わらず周りの様子ははっきりとは見えず、それがより一層恐怖をかき立てる、何の目的があってこんな物を被せたのか知らないが、恐怖を煽る為だというのならば、十分過ぎる効果を発揮しているだろう。

 蒼斗は、ゆっくりと息を吐いた。

 両親の顔を思い浮かべる。

 両親。

 そうだ。

 父と母。

 思えば、蒼斗の近くで、いつもいつも蒼斗に笑顔を向けてくれていたのは、両親だけだった。

 家が貧乏で、あまり社交的とも言えない性格の蒼斗は、今までほとんど友達なんか出来無かった、成績も運動神経も良い方では無く、中学の頃には……

「……っ」

 中学の頃。

 その時の事を思い出そうとして、蒼斗は一瞬、胸焼けにも似た気分の悪さを感じた。

「うっ……」

 口の中に、一瞬酸っぱい味が広がる、胃の中身が出そうな気がして、思わず両手で口を塞ごうと手を口に伸ばしたけれど、その手が例の冷たい仮面に触れ、こつ、と音をたてた。

 仕方無く、蒼斗は口を閉じ、奥歯をぎゅっ、と噛みしめた。

 落ち着け。

 考えるな。

 もう……

 もうここは、中学の教室じゃないし、中学の運動会の日でも無い。

 あれは……

 あれは、もう終わった事だ。

 終わった、事なんだ。

 それに今は……

 蒼斗は顔を上げ、室内をもう一度見回した、何か目を引くような物でもあれば、気分も少しは良くなったかも知れない、だけどこの部屋の中にある物と言えば、コンクリートの壁と天井の裸電球と、正面にある分厚い鉄の扉だけで……

 そんな事を考えて、視線を扉に向けた時だった。


 がち……


「……?」

 気のせい。

 一瞬、そう思った。

 だが、確かに聞こえた。

 何か、金具が外れる様な音。

 それは……

 それは間違い無く、蒼斗の目の前にある、大きな鉄の扉から聞こえた。

 まさか……

 蒼斗は、ベッドから立ち上がる。

 そんなバカな……

 思わず、頭の中で呟く。

 だけど……

 今の音は、紛れも無く。

 紛れも無く……

 鍵が、外れる音だ。

 だけど……一体どうして?

 自分をここに閉じ込めたのならば、一体何故わざわざ鍵を開けたりなんか……?

 蒼斗にここから出られたのでは、せっかく監禁したのが無意味になるのでは無いか?

 だが……

 蒼斗は、ゆっくりと立ち上がる。

 このまま、この狭い部屋にじっとしていても、事態は何も好転しない。

 行くしか無い。

 蒼斗は、ゆっくりとした足取りで、部屋から出る。

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