第3話
俺はピカピカの高校一年生、
精神的に限界が近かった俺は、両親のもとから避難するように祖父の家で暮らすことにした。
祖父は神社の神主で、そこでバイトがてら修行をする。
高校へ通う三年間の間で、神社を継ぐか決めてくれればいい。
継ぐのなら、高校卒業後本格的に神主になるためのサポートをする。
これがじいちゃんとの約束だった。
ムッチムチのバインバインのケモ耳神様がいる、なんてのは冗談だと思った。
ただ精神HPがゼロに等しい巨乳好きの俺は、いたら最高だな、なんて軽く思っていた。
じいちゃんのとこに行く最終決断を後押ししたのは、このいるかわからない素敵な神様の存在。
それがこんなムキムキつけ耳コスプレ野郎なら、いないほうが百億倍マシだ。
しかも挙句の果てにはこいつとコンビを組むのだから。
「おい錦」
「えっ、わらわ仮にも神様なのに出会ってすぐの中坊に呼び捨てにされるのかえ!?」
錦はわざとらしく眉を下げる。
「俺はお前を神様とは思ってねぇ、このコスプレ野郎」
「いやお主が思っても思わなくても、わらわ神様なんじゃけど……」
「あと俺、高校生だし」
錦の部屋はやたらとクッションが多い。
俺はブサイクなアライグマのクッションを、あぐらをかいたひざとひじの間に緩衝材代わりに挟む。
手にはコントローラーを握り、目はプレイ中のゲーム画面が表示されているテレビに釘付けだ。
悔しいが、錦の部屋のゲームのラインナップは、どれも俺がやりたくて仕方が無いものばかりである。
「高校生?なら平日は学校じゃろ?」
「行ってきたよ!今日は入学式だけだから午後からはヒマ。で、ヒマなら錦んとこ行ってこいってじいちゃんが……」
「そうか〜お友達はちゃんとできたのかえ?」
クラスはどうだ、先生はどうだ、と質問責めがうざい。口うるさい母親かお前は。
「桃也くん!桜幸神!」
ふすまをあけて橘が部屋に入ってくる。頬を赤く染めて、興奮した様子だった。
「あれ、橘」
「出動だよ!」
『願い事は探し物。ものって言っても、探すのはお母さんらしいけどね』
「……なに、錦って探しものの神様なの?」
賽銭箱の横で運動靴の紐を結びながら、俺はなんとなく聞いてみる。
ここに来て二日目。
昨日は飯食って寝るので精一杯だったが、少し余裕がでてきた。
「わらわは、幸せの神様じゃよ」
錦は鳥居の方を見ながらつぶやいた。
「愛も夢も……幸せの神様じゃ」
鳥居からは、街が見下ろせる。川沿いを、電車が走っていくのが見えた。
「さ、準備できたかえ?」
「おう」
錦はフフフ、と含み笑いをすると、目を細めてこちらを見る。
「なんだよ」
「これで桃也に神様と認めてもらえるかのう?」
「は?何言ってぇぇぇぇぇ!?」
気がつけば錦は俺を米俵のように肩に背負い、ふわりと階段をジャンプする。
「ちょ、降ろしてくれ!」
「しゃべらないことをおすすめするのじゃ。電車より揺れないが、万が一もあるからの」
錦は楽しそうに言うと、階段を信じられないスピードで駆け下りていく。
高速を走る車よりも速い。
視界の両端がぼやけて、真ん中の一点だけしかきちんと見えない。
「わわわわわ!」
「ふむ、あと少しじゃな」
一瞬で神社の敷地を出ると、民家の屋根をつたってあれよあれよとさっき見ていた電車を追い抜かす。
電車より速いって何事だよ。
「いたいた」
錦は三歩ほど大きくジャンプをしながらスピードを落とす。
「ここじゃな」
俺を担ぎながら、呑気に錦はつぶやく。
「いい加減おろせよ!」
「む、感謝のないやつは嫌いじゃ」
「いってぇ!」
振り落とすように下ろされ、思いっきり背中を強打した。
クソ、人のこと雑に扱いやがって。
「ほれ立たぬか。だらしないのう」
「ムカつく……」
立ち上がると、目の前にはよくある平凡な住宅街。
小学生の下校時間らしく、ランドセルを背負った数人の子どもが、甲高い声を上げて走り去っていった。
「どこだよ、ここ」
「願い事をした童の家じゃ」
俺は再びまじまじと目の前の一軒家を観察した。
二階建てで玄関の前に車を一台駐車するスペースがある。庭と門はない。
立派ではないが、とりわけひどくボロいわけでもない。ありふれた家だ。
「すげぇな。走る速度の速さといい、家がわかる力といい……」
「おや、わらわが神だと信じてもらえそうじゃな」
着物の袖で口元を隠しているが、隠しきれないニヤつき。ちくしょう腹立つ顔しやがって。
「別にそういうわけじゃ」
「ほーほほ!お主の完敗じゃよ」
「うるせえ!その悪質な平安貴族みてぇなムカつく笑い方やめろ!」
俺に肩に置かれた錦の手を振り払う。
カラン、と乾いた音がした。振り払った拍子に、錦の袖から落ちたのだろう。
「あ!」
アスファルトの上に転がっていたのは、絵馬だった。
錦が手を伸ばすより先に、半ば押し退けるようにして絵馬を拾う。
絵馬には桜をバックにご機嫌そうな馬の絵が描いてあった。
下には「桜幸神社」の文字。
ひっくり返して裏側を見ると、「ほんとうのおかあさんに会いたい」というガタガタな文字で書かれた願い事のすぐ近くに、住所と名前が描いてあった。
「カンニングじゃねぇか……」
錦は何も言わなかった。下手くそで何の歌かわからない不気味な口笛を、斜め上の方向を見ながら奏でている。
誤魔化し方が、下手くそな口笛より絶望的だ。
「その、神というのはじゃな、えっと、信者の思い描く力を持つのじゃよ。つまりじゃな、その」
「黙れコスプレ野郎!ちょっと尊敬した分を返せ!」
「いや走るの速いのはホントじゃもん!これはちょっとしたアレじゃよ!」
「おじさん達、うちの前で騒がないでくれる?」
「「え?」」
取っ組み合いをする俺たちの目の前にいたのは、ランドセルを背負った小学生だった。
「おじさん?」
ピッチピチの高校一年がおじさんって、どんな世界のバグだよ。
冷静にそう思う自分もいるが、ストレートに落ち込む自分のほうが大きい。
声が震えてちょっと涙目になった。
「そうだよ。うるさくするならケーサツ呼ぶよ?」
まだ低学年だろう。
背負っている青色のランドセルは華奢な身体に対して大きい。
少年が手に持っている丸っこい黄色の防犯ブザーは、俺のころとデザインが変わっていなくて懐かしかった。
「それは警察を呼ぶものではなく、ただの爆音を鳴らす道具じゃよ、童」
「知ってるし。あとおじさんのカッコ何?コスプレ?」
「お、おじさん……こすぷれ……」
錦は砂になって飛んでいきそうなほど、顔が真っ白だった。
子どもの言葉は素直だから、結構グッサリくる。
ちょっと気持ちわかるぞ。
「わらわは……神なのじゃ……」
錦の声がミシン糸くらいか細い。
姿勢もさっきより猫背だ。
「知ってる」
「え」
彼は俺の持っている絵馬を指さした。
「だってそれ書いたの、ボクだから」
俺は絵馬の裏側をもう一度確認する。
「『伊藤莉久』くん?」
「コジンジョーホー、大声で言わないで」
個人情報、と脳内変換するのに時間がかかった。
「まぁいいや。立ち話もなんだし」
莉久くんは玄関のドアをあける。
「おお、おじゃまするぞい」
「は?何言ってんのさ。知らない人家に入れるわけないじゃん。あそこの第二公園で待ち合わせね」
バタン、とドアの閉まる音。
さらにはオートロックの閉まる音が、無情に錦の心に突き刺されたらしい。
「わらわ……神なのに……」
紙になって飛んでいきそうだな、この神。
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