第2話
「ぜぇーっ、ぜぇーっ」
海外旅行用のキャリーケースに、林間学校の時買って以来日常で一度も使っていないバカでかいリュクサック。
自分が生きていた中で、間違いなく一番体を酷使している。
特にキャリーケースはタイヤの動きが悪く、それが余計に体力を消耗させた。
改札を出ると、看板の色あせたファミレスとコンビニ、居酒屋などなど、店屋が絶妙な距離感で配置された光景が目に入る。
ここがじいちゃんの神社の最寄り駅だ。
俺の住んでいた街よりだいぶ土地の値段が安そう、なんてどうでもいい感想が湧く。
桜がちょうど満開一歩手間で何とも惜しいところが、この町の何かが惜しいような雰囲気をよく表していた。
北口の改札から出ればすぐにロータリーがあるのに、間違えて南口から出てしまったことに気がつき、舌打ちをした。
こんな物欲まみれの亡命者みたいな格好で、うろつきたくないってのに。
準備中の札がぶら下がる居酒屋エリアを抜け、北口のロータリーへ向かう。
「
見慣れた水色の車から、じいちゃんが手を振るのが見えた。
俺はバスが通り過ぎるのを二、三歩ほど足踏みして待ってから、ロータリーを横切って車の方へ走る。
「じいちゃん!お迎えサンキュー」
「元気にしとったか」
「おう。あ、荷物入れさせてくんねぇ?めっちゃ重かった〜」
トランクに荷物を入れようと、車の後ろに回る。
「どうぞ」
「……ドウモ」
誰。
俺は男性に荷物を手渡し、彼がトランクにキャリーケースを入れる様子を観察する。
パーカーにジーパンというラフな格好がサマになるスタイルのよさ。
そして何よりその辺の気取ったインフルエンサーなんかより遥かにキレイな顔。
肌の色が褐色に近くて、なんとなく南国の貴族みたいな雰囲気。
目力が強くて、俺の好きなグラドルより長いまつ毛が影を作っていた。あと何故かゲタ。
「あ〜、ソイツな。去年から住み込みで働いとる橘くん」
じいちゃんは助手席の窓から顔を出して、車から降りることなく言う。
「はじめまして。
「はじめまして……タチバナさん」
名前と苗字逆じゃね?
「橘、でいいですよ」
「ッス」
俺は接し方がわからず、あごだけ前に出す。
橘は笑顔のお手本のような表情を見せた。
「ワシも歳だろ。もう車の運転から何から、しんどくてな」
「早い話が雑用です」
俺たちは車に乗り込む。
大柄な彼が乗り込むと、車の運転席側が傾いた。
「神主修行とかではなく、神社の裏方を担当しています。ホラ、おみくじの仕入れとか」
「おみくじの仕入れ……」
なんとも生々しい業務に、俺は苦笑いした。
「年は桃也より十かそこら上だ。兄貴だと思って仲良くな」
「あ、うん」
高一の俺より十歳くらい年上なら少なくとも二十六か。
運転する謎めいた美丈夫を後部座席から眺めながら、俺は頭をかいた。
神社は昔一度だけ来た時から変わっていなかった。
商店街が参道のようになっていて、アーケードを抜けると真っ赤な鳥居と石の階段と、その両サイドに鎮座する狛犬が目に入る。
階段の両側に桜が植えられているから、この時期はすごくキレイだ。鳥居を横目に通り過ぎ、車は坂道を登っていく。
小高い丘のてっぺんが、この
社殿がてっぺんにあり、そこから少し下の中腹に家がある。そこに車を止めて、荷物を運び出した。
「部屋は二階だ。お前の親父の部屋が手付かずだから、そこで暮らせ」
「家具あるの助かる」
ジブリ映画で見たことのあるような古い家で、階段は力士が登れば壊れてしまいそうだった。
階段をのぼると細い廊下を隔てて二部屋。
片方は物置部屋でもう片方が俺の部屋らしい。
「んっ」
滑りの悪い襖をあけると、湿っぽい臭いがした。
六畳に押し入れというサイズ感に窓が一つ。
親父の置いていった家具はそこまで数はなく、タンスと机と背の高い空っぽの棚くらいだった。
窓にはご丁寧に雨戸がついていて、空気の入れ替えもかねて開けると、商店街の横を流れる川と桜並木が見えた。
山になり損ねた小高い丘の中腹あたりにあるので、景観は悪くない。
「桃也くん」
部屋の出入口は階段を上がってすぐだから、階段をのぼる途中の布団お化けのような奇妙なものが部屋から見える。
「えっ橘さん?」
正体は布団を抱えた橘さんだった。
「橘でいいってば。それよりハイ、お布団」
「ありがと」
かわいらしい赤い牡丹柄の布団を受け取ったはいいが、どこに仕舞おうか悩む。
「布団置いたら神社に向かうから降りてこいって、親方が」
「はーい」
俺はとりあえず布団を置くだけ置いて、収納場所はあとで考えるか、と自己解決した。
「親方?」
じいちゃんのことだろうか……。
桜幸神社はその名の通り桜が多い。
境内も桜ばかりで、この時期は一面桜色といっても過言ではない。
じいちゃんはカラカラと戸を開けて、何やら奥に向かって名前を呼ぶ。
「おーい、錦〜。……ほれ、桃也も気にせず入れ」
俺は頷いて、無遠慮なじいちゃんに続いて靴を脱ぎ、本殿に上がった。
錦って誰だろうか。
橘みたいな人が、まだいるのだろうか。
じいちゃんは色々飾られた棚を素通りし、本殿の奥の扉に手をかける。
「錦、入るぞ」
「わあぁ!ノックせんかい!」
本殿の奥の扉をあけると、そこにはカオスがあった。
液晶テレビにはプレイ中のゲームの映像。
あろう事かひと狩りしている最中のようだ。
美顔器やボックスを収納するパステルカラーのキャビネットに、二人掛けの白色のソファとピンク色の毛の長い絨毯がしかれた、OLの住んでそうな部屋。
そこにいる──変態。
変態こと大柄な青年は、青みがかった長髪をポニーテールにして、白色の着物に水色の袴という神主のような格好。
そこまではいいんだが、問題はキツネの耳としっぽ。
「も〜!わらわが出てくるまで本殿で待てと言ったではないか〜」
ふぇ〜ん、という擬音が見えるような、甘えたような泣き方。
キッツイ。
具体的な理由はわからないけれど、本能に訴えかけるキツさだ。
「悪ぃ悪ぃ。これが孫の桃也だ」
じいちゃんはそう言うと、今度は俺の方に向き直る。
「桃也、この人はウチの神社の神様の桜幸神だ」
「は?」
じいちゃんの顔と変態の顔を二度見する。
「わらわが桜幸神、錦じゃ」
変態男──錦は、鼻息を荒くしてふんぞり返る。付けていたキツネ耳のカチューシャがズレた。
「は?」
「説明したじゃろ、メールで。うちの神様のもとで修行せいと」
「……あ〜」
ぼんやりとメールの文面を思い出す。鬱々とした気持ちで過ごしていた俺は、半分意識を失いながら返信していた。
「いやだからってマジか!!!」
「大マジじゃよ」
錦は鬱陶しいのか、キツネ耳のカチューシャを外し、袴にクリップでとめてあるキツネのしっぽも外した。
「神様って何!?電波なヤツじゃん!」
「正真正銘の神様じゃ」
錦は心外、とでも言わんばかりに眉をひそめた。
「五億歩譲ったとしてなんで神様が見えるんだよ!俺霊感ないよぉ!?」
「神様じゃからな。相手に姿を見せる気になれば霊感なんぞ無くても、バチコリ目視可能じゃ」
ああ言えばこう言う……!
俺はストレスのあまり、この一瞬でハゲ散らかすんじゃないだろうか。
「っ、てか!」
俺はハゲそうな頭が走馬灯のように重要なことを思い出し、錦を指さす。
「じいちゃんの話だとムッチムチのバインバインって!」
「ムッチムチのバインバインじゃろ」
じいちゃんも錦の胸を指さす。
「ちげぇよ!」
「む、わらわは立派な胸ではないか」
「あぁたしかに立派な胸だけどよ!筋肉じゃん!俺はそれをおっぱいとは認めねぇからな!」
一息に言い切ると、脳内の酸素が足りないのか目眩がする。
いや酸素だけじゃない。
神様とかいうトンチキな存在を紹介されたことも、そいつがムッキムキの筋肉野郎だったことも、たぶん目眩の原因だ。
「だいたい何だよ……神様って」
「桃也くん」
橘が俺の肩を励ますように叩く。
「今、桜幸神社は経営難です」
「は?」
本日三回目のは?だ。
「そこで桜幸神と協力して、人々の願いを叶えてください。そうすれば、きっと評判になって人が来てくれます」
「なになにどういうこと?」
「早い話が、お前にはこの錦の相棒になって欲しいんじゃよ」
じいちゃんは水戸黄門よろしく、ハッハッハと楽しそうに笑った。
「よろしく頼むぞ、桃也とやら」
筋肉野郎こと錦が、肩を組んできた。重さのせいだろうか。
俺の意識はそこから途絶えた。
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