07 賢者の石

 ピザの箱を片付け終わったところで、あたしはプリスに言った。


「あの賢者の石っていうの、もう一度見せて?」

「うん、これだね? 姉ちゃん」


 再び丸い石を手に取ってみた。ずっしりと重いが、ただそれだけだ。


「お父さん、持ってみる?」

「ああ……」


 すると、父の手の上にある石から、ほのかな光が漏れ出して、遠くから誰かの声が聞こえてきた。


「……えるか? 聞こえるか?」

「はい、聞こえます」


 こんな不思議な現象にも物怖じせず、父が答えた。


「おおっ、あちらの世界の賢者とようやく繋がったか。わしはルーナシアの賢者マーシュ。そちの名は?」

「浅倉健吾と申します。亮太の父です」

「なんと! 大魔導士リョータのお父上であったか!」


 それから、賢者マーシュはこんな説明をしてくれた。この賢者の石は、世界の違う賢者同士が対話をするためのもの。亮太とプリスにもその説明はしていたらしいが、二人ともちゃんと聞いていなかったらしい。そして、石が発動したということは、うちの父がこちらの世界での賢者のようだ。


「事情はよくわかりました、マーシュ殿。こちらとしては、プリスと日本で結婚させるのは難しいと思われます」

「そうであったか、ケンゴ殿。やはりプリスはこちらで引き取ろう」


 それを聞いたプリスは悲鳴をあげた。


「そんなの酷いよォ! プリス、リョータのお嫁さんとして生きていくって決めたのに!」

「プリスや。そちらの賢者であるケンゴ殿が難しいと言っておるのじゃ。諦めなさい」

「そんな、マーシュ様!」


 亮太も泣きそうになっていた。あたしはただ、父の手の上にある石の光を見つめていた。二人を引き裂くのはあたしだって心が痛いが、戸籍も何も無いプリスが日本で普通に生活していくことなどまず不可能なのだ。あたしは黙ってなりゆきを見守った。


「そう落ち込むでない。三十日に一度だけ、プリスを行き来させてやろう。大魔導士であるリョータの力があれば、そう難しいことでは無い」


 あたしは古いドラマを思い浮かべた。週末婚ならぬ月末婚ということか。当の二人は顔を見合わせて泣いている。


「そんな、やっとプリスと二人で暮らせると思ったのに……」

「プリスも嫌だよ。三十日に一度だけなんて」


 話に割って入ったのは、母だった。


「それで我慢しなさいな。良いじゃない、一年に一度より」

「その声はどなたかな?」

「亮太の母でございます。私は二人の結婚には賛成です」

「そうか! なら、どうか二人を説得してくれるか?」


 それから母は、二人だけでお話しましょう、とプリスを二階へ連れて上がった。賢者同士の会話はまだ続いていた。そして、細かい取り決めが始まった。あたしと石堂はすっかり蚊帳の外だ。しかし、石堂も真剣な眼差しで二人の会話を聞いていた。


「……ではケンゴ殿、時期についてはそちらで任せよう」

「はい、分かりました。プリスをそちらへ渡らせるときに、またこの石を使えばいいということですね?」

「そうですじゃ。大魔導士リョータよ、それで納得するのじゃ」

「はい、マーシュ様……」


 頭を垂れたまま、亮太はそう言った。続いて、二階から二人も降りてきた。


「マーシュ様。プリス、それでいい。三十日に一度しか会えなくても、それでいい。プリスはリョータのことが好き。その気持ちは変わらない」

「よしよし、プリスや。ケンゴ殿が、しばらくはそちらの世界に置いてくれるということじゃから、落ち着いたら戻ってきなさい」

「はい……」


 賢者たちの相談は終わった。そしてそれは、父も正式に二人の仲を認めたということに今さら気付いた。ちょっと待て。月末婚とはいえ、本当にこいつがあたしの義妹になるのか!?


「お、お父さんは本当にそれでいいの!?」

「きっと、こちらでの一日の間に、亮太とプリスには色んなことがあったんだろう。こうも不思議なことが続いたんだ。お父さんも、認めざるを得ないよ」

「そうですよ、礼子さん。法を犯すわけじゃないですし、お義姉ねえさんとしてプリスちゃんに接してあげてくださいよ」

「石堂くん、あんたねぇ……他人事だと思って」

「他人事なんかじゃありません! 当事者として、オレも二人の事を応援するっす!」


 母の方を見ると、晴れ晴れとした笑顔を見せている。もうここであたしが一人あがいたところでどうしようもない。ああ、酒が飲みたい。これが全部夢だったらいいのに。


「姉ちゃん、改めて、よろしくね?」

「だから姉ちゃん言うなー!」


 あたしの金切り声が、夜の住宅街に響き渡った。

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