06 家族会議

 実家のリビングには、父だけがいた。話がややこしくなるといけないからと、亮太は自室にとどまらせ、母は話す気力も無いのでベッドで寝ているという。そういうわけで、ダイニングテーブルを、私、父、石堂、プリスの四人で囲んだ。


「プリス・タバルです。ルーナシアのタバル商会の娘です。リョータとはシオドアの洞窟で知り合いました」


 まずはそんな自己紹介が始まった。あたしも石堂も、口を挟まずプリスの言うままにさせることにしていた。父も黙りこくったまま、彼女の話を相槌さえ打たずに聞いているのみだ。


「……それで、リョータと一緒に魔王を倒した後、賢者にお願いして、この世界に来ました。リョータと結婚させてください。お願いします」


 プリスはぺこりと頭を下げた。あたしは父の表情を見た。最初から変わらず、憮然としたままだ。プリスが頭を上げてから少しして、ようやく父は言葉を発した。


「分かった。結婚はともかく、異世界から来たというのは認めよう」

「お父さん!?」


 あたしは耳を疑った。あの父が、こんなに簡単にプリスの話を信じるとは思わなかったのだ。父の言葉は続いた。


「亮太の髪が伸びているのもそうだが……。どうやら本当に、異世界へ行ってしまっていたというのは信じざるを得ない。プリス。君の瞳を見れば分かる。嘘はついていない」


 父は警察官だ。家庭でも厳格で、軽い冗談さえ言うことはない。そんな父が認めたということは、プリスは本当のことを言っているのだ。とうとう、あたしも腹をくくらねばならなくなった。さあ、これから話題をどうしようか……。緊張感が張りつめてきたところに、石堂の間抜けな声がかかった。


「あはっ、オレの出る幕無かったですね。良かったね、プリス。君が異世界人だと認めてもらえて」

「うん! そして、結婚も認めて欲しい! プリス、リョータと固く誓った。どんな世界に居ても、二人で生きていこうって」

「いじらしいじゃないですか。お父さん、この二人の仲を認めてあげては?」

「石堂くん、余計なこと言わないで!」


 こいつを連れてきたのは間違いだった。悔やんでももう遅いが、石堂のせいで場が乱されつつある。あたしはすがるような目で父に訴えた。


「お父さん。あたしも異世界のことは信じることにするけど、結婚となると別だからね? 第一、プリスには戸籍も住民票も無いじゃない!」

「……確かに、そうだな」


 亮太がまだ結婚できる年ではないということは置いておいて、異世界出身であるプリスと共にこの日本で生きていくためには、その辺りの書類関係が大きなハードルとなる。若い二人が自活していくにあたり、就職はどうするのか。もし病気になったら。保険証すら無い。そういう、現実的なことまで、あの二人が考えていたとは到底思えない。


「そろそろ、亮太を呼んでくる」


 父は立ち上がり、二階へ向かった。その間、プリスが石堂に質問していた。


「ヒサシ、プリスに無いものって何だ? それが無いといけないのか?」

「ルーナシアと日本では、生きていくための仕組みが違うんだ。それについてお姉さんは話していたんだよ」


 亮太がやってきた。プリスの姿を見た途端、彼はわっと泣き出した。


「ごめん! ごめんなプリス!」

「大丈夫だよ、リョータ! ルーナシアのこと、信じてもらえた!」

「本当に? 父さん、プリスが異世界人だって分かってくれたの!?」

「まあな。彼女の真剣な眼差しには説得力があったよ。ただ、亮太。結婚の話は別だ。座ってよく聞きなさい」


 それから父は、亮太とプリスに現実を突き付けた。まず、亮太はまだ高校生で、結婚して一緒に暮らしていくにも収入が無いということ。高校卒業後に結婚するにしても、プリスには公的な身分証明が無いので、日本では結婚ができないということ。そして、この先二人だけで生活するには、あまりにも未熟だということ。


「ルーナシアでは、魔術や剣術の才があればどうにかなったかもしれん。しかし、こっちの世界では別だ。亮太。彼女を養えるのか? もしくは、彼女を働かせることはできるのか? そこまで考えていたか?」

「ごめんなさい、考えていなかったです」


 シュンとうつむいた亮太。馬鹿だが素直なのは良いことだ。そういう素直さこそが弟の持ち味で、それで異世界でも上手くやっていけたのだろうと思うが、日本では素直なだけじゃ暮らしていけない。そこへ、石堂がまた余計なことを言った。


「礼子さん。プリスを無戸籍児として申請して、戸籍を作ってやれば解決するのでは?」

「あのねぇ、石堂くん。確かにあたしは戸籍係だけど、そこまで詳しくないわよ? それに、公的な書類に嘘つくってことよね? それはどうなの?」


 確かに石堂の言うやり方なら、プリスを日本人として登録することが可能かもしれない。しかし、虚偽の申請をあげるということは、それ相応のリスクが待ち構えている。そういう仕事をしているあたしには、それがよく分かる。

 そして、話が妙な方向へ転がってきたところに、母が現れた。


「あなたが、プリスちゃんね……」


 リビングの戸口に立った母は、力なくそう呟いた。昨日からこの二人のせいで憔悴しきっているのだ、きっと厳しい言葉が飛んでくるだろうと思っていたのだが。


「可愛らしいわね……! あなたが亮太のお嫁さんになってくれるなんて、嬉しいわ!」

「ちょ、ちょっとお母さん何言ってるの!?」


 あたしは立ち上がって戸口に行き、母の両肩を掴んだ。


「今ね、お父さんが、結婚は厳しいって言ってたところなの! お母さん、軽々しく賛成しないでよ!」

「あら、いいじゃない? 礼子はいつ結婚するのか分からないし、それだったら亮太がプリスちゃんと一緒になってくれる方がいいわ」


 それを聞いた馬鹿二人は、わっと声をあげた。


「やったぁ!」

「お母さん! プリスです、よろしくお願いします!」


 あたしは振り返って二人をキッと睨み、次に父の表情を伺ったが、父も母の言葉には面食らってしまったらしく、頭を抱えていた。石堂はというと、ほのぼのとした笑みさえ浮かべていた。


「あっ、申し遅れました。礼子さんの後輩の石堂寿です」

「あら、礼子の後輩? 彼氏ではないの?」

「お母さん! 違うから! プリスを見ててくれただけ!」


 一体何から片付ければいいんだろう。母の登場によって、さらに場は混沌としてきた。一旦場を落ち着けなければならない。そう思ったあたしは、夕食をとることを提案した。時刻は丁度夕方の六時。今から作るにも大変だからと、人数分のピザを注文した。


「わあっ、不思議な食べ物だな! これがピザか!」

「そうだよ、うめーだろ、プリス!」

「そっかあ、プリスちゃんはピザも初めてなんだね!」

「遠慮せずにどんどん食べなさいね、プリスちゃん!」


 母はすっかりプリスの味方になっていた。これも、あたしが二十八歳にして独身なせいだろうか。子供の結婚という話題に飢えていたに違いない。こんなことなら、誰かさんと結婚しておけば良かったが、全ては後の祭りだ。もういっそお酒でも飲みたくなってきたところだが、父の手前、それは口に出さないでおいた。


「で、石堂くん。なんであんたもすっかり馴染んでるわけ!?」

「いいじゃないですか、礼子さん。それに、オレを呼び出したのは礼子さんの方ですよ?」

「うっ……そうだけどさぁ」


 そういえば、こんな風にわいわいと夕食をとるだなんて久しぶりだ。家族の他に、余計なのが二人いるが、なんだかこういうのも悪くない、だなんて思えてきた。いけない。毒されはじめている。せめてあたしと父だけは冷静に事を進めよう、と思い、父に話しかけた。


「お父さん。プリスのこと、どうするの?」

「しばらくはうちで面倒を見る。亮太には元通り高校に通わせる。その後のことは……すぐには決められんな」


 父の食は進んでいない。そりゃあ当然だろう。浮かれ切った他の四人を尻目に、あたしは父に提案をした。


「プリスがね、賢者の石っていうのを持っているらしいのよ。それを後で見てくれる?」

「分かった。食べ終わったらそうしよう」


 あのとき見た不思議な石。異世界とこちらの世界を結ぶ唯一のものだ。何をどうすればいいのか分からないが、まずはそこから始めようと思った。

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