05 一旦戻って

 自分の部屋に戻った途端、プリスが飛び出してきた。


「リョータは!?」

「実家よ。ここにはいない」

「なぜ? なぜプリスを迎えに来てくれない?」


 プリスの背は、あたしより少しだけ低い。大きな緑色の瞳が訴えてくる。上目使いというやつである。はっきり言って、可愛い。女のあたしから見ても、この子はモデル並みに可愛いのだ。


「少し、お話しようか」


 あたしはプリスの顔から目を逸らす。こんな顔に見つめられると、調子が狂ってしまう。プリスの肩を押しながら、部屋の中に入る。石堂が心配そうに聞いてくる。


「礼子さん、やっぱり……」

「ええ。本当のことを言わない限り、警察に突き出すわ」


 警察、という単語を出しても、プリスはきょとんとした顔をしている。通報とか、入管とか言った方が、分かりやすかったのかもしれない。


「でもね、この子本当に異世界人かもしれませんよ?」

「ちょっと、石堂くんまで何言ってんのよ!」

「一緒に過ごしてて、思ったんですよ。この子、本当に機械の使い方を知りません。電子レンジで冷凍食品を温めたときも、火を使わずにどうやった、って聞いてきて」

「だから、そういう演技なのよ」

「オレにはそう思えません」


 石堂の声は真面目だ。そして、彼に反論しきれない自分がいる。亮太の髪の毛のことだ。一日であれだけ伸ばすのは絶対に無理。時間の流れが違う異世界に行っていたのなら、確かに説明がつく気がする。

 それに、本当は亮太を信じてやりたい。

 あいつの言うことを、全部信じてやりたい。


「プリス。あなたがこの世界の人間じゃない、っていう証拠はあるかしら?」

「礼子さん! この子を信じてあげるんですね!?」


 石堂が一気に笑顔になった。鬱陶しい奴だ。


「証拠……何だろう。とても難しい。プリスはルーナシアのこと、たくさん知ってる。けれど、この世界のことは、知らない。これじゃ駄目か?」

「そうね、目に見えるものは何かない?」

「もの? ものか? これは役に立つか?」


 プリスはショートパンツのポケットから、手のひらに収まるくらいの石を取り出した。形は楕円で、色は青い。サファイアのようにも見えた。


「賢者に貰った。ルーナシアから、この世界に、渡らせてくれた賢者。よくわからないけど、プリスに持って行けって言った」


 プリスからその石を受け取った。つついてみたり、日光にかざしてみたりしたが、何の変化も起こらない。


「賢者の石、ねえ……」

「オレ、映画最後まで観てないんですよね」

「どこぞの魔法学校の話じゃないわよ」


 石堂のボケを適当にあしらいつつ、石を観察した。これが、地球上の物体でないことが証明されたら、プリスが異世界人だという証拠になるかもしれない。しかし、一体どこの研究所へ持っていけばいいんだ。もし証明されたとして、異世界人というより異星人という扱いにならないか。


「頭がこんがらがってきた……」


 あたしはソファの上に倒れ込んだ。ただでさえ寝不足なのだ。


「なあプリス。君の世界と、こちらの世界は、どうやって行き来するんだ?」


 石堂がプリスにそんな質問をした。


「世界には、時空の歪みがある。そこを通る。でも、強い意志がないと駄目。歪みも、いつ、どこで起こるか、わからない。ルーナシアの賢者は、歪みの時間、場所、見れる。リョータとプリスは、賢者にお願いした。それで、この世界に来た。おそらく」


 プリス本人も、話しながらわけがわからなくなってしまったようで、折れそうになるくらい首をひねった。


「石堂くん、なんでそんなこと聞いたのよ」

「いやあ、何かの参考になるかと思って」


 石堂は笑いながら頭をかいた。厄介ごとに巻き込まれている割には、どこか楽しそうだ。


「リョータは、リョータのお父さんとお母さんと一緒にいるのか?」


 プリスが聞いてきた。


「ええ、そうよ」

「プリスを連れていって欲しい。プリスはお嫁さんになるから、挨拶しないといけない」

「はい?」


 異世界人という設定のくせに、お嫁さんとか、挨拶とか、日本人的な発想が出てくるところが怪しいのだが。プリスは至って真面目な顔をしている。石堂が大声で笑いだした。


「礼子さんの義妹いもうと候補ってわけですね!」

「笑うな! あたしはこんな義妹認めない! っていうか、異世界人だってことも、完全に信じたわけじゃないんだからね!?」

「プリス頑張るよォ! 姉ちゃんが認めてくれるまで!」

「だから姉ちゃんって呼ぶな!」


 そうこうしていると、夕方になった。プリスを警察に連れて行く気がなくなってしまい、かといってどうすればいいかわからない。石堂だって、いつまでも付き合わせるわけにはいかない。あたしは決断を下した。


「プリス。今からあんたを実家に連れて行く。それで、亮太と一緒に、うちの両親を説得してみせなさい。異世界人だっていうのが嘘なら、その時正直に話しなさい」

「わかった! プリス説得する!」

「石堂くん、今日はありがとう。お礼はまた今度するわ」

「いえ、乗りかかった舟です。プリスの面倒を見たのはオレですし、オレも礼子さんのご実家に行って一緒に説得しますよ」


 石堂がそんなことを言うので、あたしは彼に食ってかかった。


「ちょっと、石堂くん! こいつの肩を持つって言うの!?」

「はい。オレはプリスが異世界人だと信じています。それに、ほら、順番メチャクチャですけど、礼子さんのご両親にご挨拶してみたいと思っていましたし……」

「はぁっ!?」


 どうしよう、頭のおかしい奴が一人増えた。でも、とやかく言っていても事が進まない。あたしはプリスに服を貸し、なんとか普通に外に出られる恰好にさせた後、石堂と三人で駅のホームへ向かった。

 改札に着くなり、あたしはプリスの分の切符を買わねばならないことに気付いた。本当に異世界人だというなら、この辺りの仕組みも知らないはず。あたしはプリスを連れて券売機の前まで行った。


「切符、買ってあげる」

「キップ?」

「電車に乗るためのものよ」

「ああ、電車は知ってるよォ! 姉ちゃんの家に行くまでに見た。でも、乗るのは初めて!」

「本当に?」

「本当!」


 そろそろあたしも、これが演技では無く「本当に知らない」のでは無いかと思えてきた。それほどまでに、プリスの様子は無垢そのものだったのだ。電車に乗っている間も、彼女はキョロキョロと辺りを見回し、不思議そうな表情を絶えず浮かべていた。これが演技ならば大したものだ。

 それに、石堂だってプリスのことを認めてしまっている。一緒に過ごした時間で何があったのかは知らないが、認めざるを得ない状況に陥ったのだろう。

 あたしは父に、プリスと石堂と三人で実家に戻る旨を連絡した。プリスだけでなく、石堂の説明もせねばならなかったので、文面はとても長くなった。そうこうしている内に、電車は駅に着き、あたしは再び実家へと足を踏み入れたのである。

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