02 愚弟の戯言

「亮太。あたしの質問に簡潔に答えて。無駄な説明はいらない。わかった?」

「うん!」


 突然訪ねてきた弟の亮太と、見知らぬ金髪の少女を部屋に入れ、並んで座らせた。二人の格好から何から、突っ込みたいことでいっぱいなのだが、一つずつ片付けていこう。


「あたしの部屋に来ていることは、お父さんたちに言ってる?」

「ううん! スマホ使えないから向こうで売っちゃった。あの時お金厳しくてさ、手放すのは嫌だったんだけど……」

「わかった。よろしい」


 亮太は残念ながら、非常に頭が悪い。説明能力に関してはゼロに等しい。きちんと状況を把握するためには、根気が必要だ。湧き上がる疑問をいちいち口にしていたら、らちがあかない。


「お父さんたちは物凄く心配してる。それはあんたもわかってるわよね?」

「マジで!? こっちじゃ大丈夫だと思ってたんだけど」


 亮太は馬鹿だが素直である。これは本当にわかっていない顔だ。聞きたいこと、問いただしたいことは山ほどあるが、奴の言い回しも引っかかって仕方がないのだが、ぐっと我慢だ。ここで冷静さを欠いてはいけない。


「……危ない目に遭ったわけじゃ、ないのね?」

「何回も遭ったよ!」

「えっ、だ、大丈夫なの!? ケガはしてない!?」


 思わず亮太の両手を掴んだ。ダメだ、取り乱してしまった。


「リョータは強いし、プリスも強いから大丈夫だったよォ!」


 あたしはギロリと声の主を睨みつけた。言葉は日本語なのだが、発音が少々おかしい。亮太がどこへ行っていたのか、何をしていたのかというのはもちろん気になる。だが、一番知りたいのはこいつの存在だ!


「この子は、誰!」

「姉ちゃん、初めまして。お嫁さんのプリスです!」


 得体の知れないその少女——プリスは、レッドカーペットを歩く女優のような笑顔を浮かべた。顔立ちは、そこいらのアイドルなんかよりもよっぽど可愛い。しかし、そんなことはどうでもいい。あたしは彼女に「姉ちゃん」と呼ばれる筋合いはない!


「亮太! どういうことか説明しなさい!」

「プリスはおれの婚約者なんだ! 姉ちゃんにとっては義妹いもうとになるからさ、よろしくな!」


 そう言って亮太は、プリスの肩を抱き寄せた。返す言葉も見当たらず、あたしはぐったりと脱力した。時計の針は十二時を回っていた。ひとまず実家に電話しなければ。


「……うん、大丈夫。おやすみ」


 結局亮太は、あたしの部屋に泊まることになった。亮太が無事だと言った瞬間、母は糸が切れたように眠ってしまったらしく、後の段取りは父と決めた。朝になってから、できるだけ早く、あたしが亮太を実家に連れて帰ることになった。


「父さん、怒ってた?」

「さあ、怒ってるかもね」


 父は普段、感情を見せない人だ。さっきの電話でも、淡々と話していたが、実際はカンカンなのかもしれない。


「どこの馬の骨かわからない不審者連れて行ったら、確実に雷落ちるでしょうね」

「プリスは馬じゃないよォ!」


 抗議の声をあげる自称「亮太のお嫁さん」。父には当然、彼女のことを言っていない。ただでさえややこしい事態なのに、これ以上かき回したくないのだ。彼女を無視し、亮太に話しかけた。


「お父さんには、あんたが落ち込んでて何も話してくれない、ってことにしてる。でも、家に帰ったらきちんと説明しなきゃいけないわ。時間がかかってもいいから、あたしに話してくれる?」

「うん! 俺、異世界トリップしてたんだ!」


 間髪入れずにそう答える亮太。あたしは愚弟の言葉を反芻する。


「ああ、異世界トリップ……異世界トリップね……ってオイ!」

「うっわあ、久しぶりだなあ! 姉ちゃんのノリツッコミ!」

「喜ぶな!」

「姉ちゃんコワーイ」


 亮太はプリスの手を握り、大丈夫だとか何とかほざいていた。


「じゃあ、それは異世界の恰好だっていうわけ?」

「そうなんだ!」


 二人は揃って胸を張った。亮太が着ていたのは、胸元に紋章らしき模様のついた焦げ茶色のローブ。プリスは、銀色の胸当てにショートパンツ。各々、長い棒状の筒を持っており、中身が何なのか非常に気になる。


「俺は向こうじゃ、伝説越えって呼ばれるほどの力を持つ、大魔導士リョータなんだ! それで、プリスは凄腕の剣士!」

「なるほどね」


 ようやく、事態が呑み込めてきた。亮太はいよいよ、本当のお馬鹿さんになってしまったらしい。

 これはきっと、コスプレだ。二人はゲームか何かのイベントで知り合い、意気投合したのだろう。そして、終電を逃した言い訳に、「異世界トリップ」という設定を思いついた。だいたいこれで合っているだろう。


「亮太。あんたもう高校生なのよ? 幼稚な嘘はやめなさい。プリスちゃんとやら、家はどこなの? あなたの親御さんも心配しているでしょうに」

「リョータは嘘ついてない! プリスの家はルーナシア! この世界じゃないよォ! ママはプリスが小さい時死んじゃった。パパには手紙書いた。だから大丈夫!」

「俺と結婚するために、ついてきてくれたんだ。凄い女だろ? 元々、タバル商会っていう商団の娘なんだ!」


 駄目だ。この子たち、完全に設定に浸りきっている。あたしは缶チューハイを開け、半分飲み干した後、質問攻めをすることに決めた。異世界設定の綻びを叩き、現実に引き戻すのだ。


「つまり、亮太がプリスの世界に異世界トリップした後、プリスを連れて帰ってきたってこと?」

「さすが姉ちゃん、その通り!」

「あんたは向こうで、大魔導士だったわけね?」

「そうさ! ルーナシアに存在する全ての魔法を、俺は初めから使えたんだ!」

「それじゃ、試しに何かやってみなさいよ」


 あたしの挑発に乗り、亮太は立ち上がった。筒から棒切れを取り出し、それを振り上げた。


「リョータ! 駄目だよォ! リョータの力は強すぎて、この部屋吹っ飛んじゃう!」


 プリスが亮太の腕を掴んだ。なるほど、もっともらしい言い訳だ。どうせ魔法なんて使えるわけがないのだから。亮太は少し考え込んだ後、あたしに言った。


「姉ちゃん、ロウソクとかある? 調整して、小さい火だけ起こしてみせるからさ」

「ふうん……あるけど。ちょっと待ってなさい」


 せっかくプリスが、魔法を使えない言い訳を出してくれたというのに。亮太は意地になっているのだろう。あたしは引き出しから、アロマキャンドルを取り出した。誰かさんが部屋に来るときのために買ったものだが、今はもう必要ない。


「はい、やってみな」

「えいっ!」


 亮太が間抜けな掛け声とともに棒切れを振り下ろした。もちろん、何も起こらない。


「おっかしいなあ……えいっ! えいっ!」

「むむゥ、こちらの世界では魔法が使えないのかもしれないねェ」


 身内じゃなかったら、こんな馬鹿げたことには付き合わない。あたしは数分間、彼らのやり取りを生暖かく見守った。魔力の流れがどうとか、精霊の加護がどうとか、しょうもない話を続けている。


「お二人さん、そろそろ気は済んだ? あたし、もう眠いんだわ。今日の所はもう寝ましょう。亮太、お父さんとお母さんには、本当のこと話すのよ。プリス、得体の知れない他人を泊めるのは気持ち悪いけど、亮太に免じて許してあげる」


 二人は口を開きかけたが、あたしはそれを両手で制した。


「おやすみなさい」


 そう言って強引に電気を消した。

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