第7話
「紅茶、全く召し上がっていませんね」
デズモンドはセアラの前のカップをじっと鋭い目で見つめながら言う。セアラは一瞬言葉に詰まり、それからごまかすように言った。
「……実は先ほどもウェンディ様とお茶をいただきましたの。だからあまり喉が渇いていなくて」
「そうだったのですか。それは失礼しました」
デズモンドはすぐににこやかな表情に戻って言う。
「……最近、グレアム様とよく一緒にいますね」
少しの沈黙の後、デズモンドが静かな声で言った。
「ええ。そうですわね」
「セアラ様、失礼ですが以前はグレアム様のことをあまりよく思っていなかったのでは? どうして急に?」
「そうだったのですけれど、話してみると案外いい人だったんですの。以前の私は浅はかでしたのね。グレアム様は間違ったことを言っていないのに反発ばかりして」
「グレアム様のことがお好きなのですか?」
デズモンドは突然真剣な声で言う。セアラは唐突な言葉に眉をひそめた。
「突然ですわね。確かにお友達としては好きですけれど。それだけですわ」
「ずっと気になっていたのです。今までは私とウェンディ様以外には人を人とも思わないような態度ばかり取っていたセアラ様が、最近誰に対しても礼儀正しいと。その上、以前なら顔を見ただけで嫌そうな顔を隠しもしなかったグレアム様と頻繁に話し込んでいるなんて」
デズモンドは深刻そうな顔で言う。セアラは失礼ね、と憤慨しかけたが、言われてみれば確かにその通りだったので仕方なく黙った。
デズモンドは続ける。
「近頃のセアラ様はおかしい。私のことを意図的に避けてらっしゃいますよね? 私が何かしましたか?それとも心情に変化が現れるようなことが?」
「嫌ですわ。避けてなんか。さっきも言った通り、クラスが違うのでなかなか顔を合わせる機会がないだけですわ」
セアラは素知らぬ顔で言い訳をする。
デズモンドはおそらく、セアラをウェンディを害するための都合の良い道具くらいに思っているのだろう。
少しおだてれば簡単に信用して思い通りに動いてくれるのだ。以前のセアラほど扱いやすい駒はなかったはずだ。だから急にセアラの態度が変わり、焦っているに違いない。
都合よく扱われているだけだったのにデズモンドの言葉一つに一喜一憂していたなんて、とセアラは過去の自分に同情した。
「デズモンド様。私この後大事な約束がありますの。ですから長くなるのなら今度にしてくださらない?」
「その約束の相手とはグレアム様ですか?」
「え、まぁ……いえ、どうして貴方にそこまで話さないといけませんの? 私は……」
「貴女は私を好きだったはずだ!!」
デズモンドは突然立ち上がると、声を荒げて言った。セアラの肩がびくりと揺れる。彼はセアラの方まで近づいてくと両手で強く肩をつかんだ。
「い、いきなりなんですの? デズモンド様」
「私にはわかっております。セアラ様。貴女は物珍しさから一時の気の迷いでグレアムに惹かれているだけなのです。貴女に意見するような者はこの学園に彼以外いませんから」
「なんなんですの、離して下さい!」
「大丈夫です。セアラ様。私は貴女が少しばかり気の迷いを起こしたからといって幻滅したりなどしません。最後には私を選んでくれると信じていますから」
デズモンドはにっこり笑って言う。セアラにはその笑顔がとても恐ろしく見え、思わずひっと悲鳴を上げた。
「セアラ様。これは私たちが結ばれるために必要なことなのです。ウェンディ様に先程渡した紅茶を飲ませてくださいますね?」
「え、ええ。もちろん! わかりましたわ。わかりましたから、この手を離して下さい!」
セアラは真っ青になりながら、首をぶんぶん縦に振る。今日のデズモンドは怖い。一刻も早く、刺激しないようにこの場を去らねばならない。しかし、デズモンドはセアラの顔をじっと見ると、低い声で呟いた。
「……その顔は、飲ませる気がありませんね」
「な、何を言うんですの。ちゃんと飲ませますわ。だから離してくださ──……」
言いかけたセアラは、デズモンドから懐から取り出したものを見て息を呑んだ。そこには鈍く光を放つナイフがあった。
「きゃあっ!!!」
「動かないでください」
デズモンドはセアラの肩に腕を回すと、喉元にナイフを突きつける。
「嫌!! 何するんですの!? 何の恨みがあってこんな」
「恨みなどありません。私とセアラ様の未来のためです」
「何が未来ですの!! 私にウェンディ様に毒を盛らせて処刑するつもりのくせに!!」
セアラが叫ぶと、デズモンドは感心したように彼女を見た。
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