第6話

***


 セアラは機嫌よく廊下を歩く。


(グレアム様とカフェ、楽しみだわ)


 セアラの足取りは軽かった。グレアムと出かけるのが楽しみだなんて、つい一か月ほど前の自分には考えられなかったことだ。


「セアラ様!」


「!! デ、デズモンド様……!」


 突然目の前に現れた人物にセアラの心は一気に冷えた。一か月ほど前には会いたくてたまらなかった人物、今は可能な限り視界に入れたくない人物ナンバーワンのデズモンドがいる。


「お久しぶりです。セアラ様。こんなところで会えるなんて嬉しいな。最近はあまり顔を合わせる機会がなかったですよね」


「え、ええ。そうですわね。クラスが違うとなかなかね」


 セアラはそう言って笑いながら、気づかれないように後退りする。


 顔を合わせる機会がなかったのは、セアラがなるべくデズモンドのいそうなところを避けていたからだ。今日もデズモンドの教室付近を通らないため、あえて遠回りをして歩いていたというのに、なぜ出くわしてしまったのだろう。


「セアラ様、せっかく会えたことですし、この後街に新しくできたカフェにでも行きませんか? セアラ様の好きそうなベリーのケーキがたくさん並んでいるそうですよ」


「ごめんなさい。今日は先約がありますの。またの機会に」


 セアラはそう言いながら後ろを向いて立ち去ろうとする。しかし、後ろからがしりと肩を掴まれた。



「では、少しだけでいいので西棟のほうにつきあってもらえませんか?」


「デズモンド様。私、今日は急いで……」


「少しだけです。ウェンディ様のことでお話があるのです」


 デズモンドの気迫に押され、セアラは否定の言葉が出なくなる。


 それにウェンディ様という言葉が気にかかった。一体何の話だろう。あの夢に関わる話をされるのだろうか。聞いておくべきか、徹底的に避けるべきか。


 セアラの頭に瞬時にさまざまな考えが巡る。


「……わかりましたわ。少しだけなら」


 セアラは仕方なくそう言った。


 仮に今デズモンドが夢で見たのと同じように、ウェンディ様に渡すよう毒入りの紅茶を渡してきたとしても、受け取って捨ててしまえばいいのだ。断って予想外の動きをされるよりも、わかる範囲で動いてくれた方がこの先動きやすいと考えた。


「ありがとうございます。セアラ様」


 デズモンドは明るい顔で言う。セアラは過去の自分はこの屈託のない表情にいつも騙されていたのだなとため息を吐いた。



***


 デズモンドはセアラを西棟の一室まで連れて行った。


「セアラ様、お茶をどうぞ。この紅茶好きでしたよね?」


「ええ。ありがとう」


 デズモンドからにこやかにカップを勧められ、セアラは警戒しながら受け取る。もちろん口をつける気はない。


「ウェンディ様とは変わらず家に招き合ったりしているんですか?」


「ええ、まあ。仲良くしていただいておりますわ」


 セアラは作り笑顔で答える。デズモンドはそれはよかったです、と笑った。


 それからリボンのついた小瓶を差し出して言う。


「話というのは大したことじゃないのですよ。これは以前にも話した、うちによく出入りする商人がくれた珍しい紅茶です。前にウェンディ様と話した時、彼女も好きだと仰っていました。よろしければセアラ様の自宅に招かれた時に出して差し上げてください」


「まあ。ありがとうございます。デズモンド様。けれど、私に渡すよりも直接ウェンディ様に渡されたほうがいいのではなくて?」


 セアラは顔が引きつりそうになるのをこらえて笑顔で言う。


 夢で見たのと同じシチュエーションだ。夢の中の自分は何の疑いもなく受け取っていたが、よく考えればなぜ直接渡せるものをセアラが仲介しなければならないのか。



「私から渡すよりも、仲の良いセアラ様のご自宅で一緒に召しあがる方がいいと思ったのです。どうぞお受け取りください」


「……そう? では受け取っておきますわ」


 セアラは仕方なく紅茶を手に取る。家に帰ったらすぐに処分しよう、と心に決めた。

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