第3話
***
「セアラ。今日はどうしたんですの?いつもデズモンド様がいらっしゃるととても嬉しそうにしているのに」
「え? き、気がついてらしたんですか? ウェンディ様」
「それは気が付きますわ。セアラはわかりやすいですもの」
ウェンディ様は口に手を当てておっとりと言う。
セアラは頭を抱えた。確かに今まではデズモンドに会うたびに浮かれていたが、決して表情には出さないように気を付けていたはずだ。こうもあっさりばれているなんて。
「しばらくはデズモンド様の顔を見たくないのです」
「まぁ」
セアラの言葉にウェンディは目をぱちくりする。よほど驚いているようだった。
セアラはたかだか夢のことでデズモンドを避けるのは後ろめたかったが、それでも今はとても彼と進んで顔を合わせる気にはなれなかった。
始業時間が近づき、教室にだんだんと人が増えてくる。そのうちの一人がドアをくぐったところで、セアラは叫び声を上げた。
「あ!! 貴方……!!!」
教室の真ん中で大声を上げ、ドアの前の人物を指さすセアラに、教室中が一斉に視線を向ける。しかし、後で目をつけられては敵わないと、皆何事もなかったかのように各々の行動に戻っていった。
しかし一人だけ、じろりとセアラを睨みつける者がいる。指さされた人物、グレアムだ。
「何でしょうか。セアラ様。人を指さすのは少々礼儀がなっていないと思いますが」
「あ、いえ。ちょっと驚いて。ほほほ」
「それに公共の場で大声を出すなど、公爵令嬢にあるまじき行いです」
グレアムは眉をひそめてため息を吐く。普段のセアラなら苛立ったに違いない態度だ。
しかし、今日のセアラには全くそう感じなかった。むしろ、皆が指摘しない自分の間違った行いをいさめてくれることに感動さえ覚える。
「ごめんなさいね、グレアム様」
セアラはグレアムの方に近づいていき、隣に立った。
「今のは失礼でしたわ。少し驚いてしまっただけなんです。それから普段のことも。私、貴方が私のためを思って注意してくれているというのに、まるで聞く耳を持ちませんでした」
「え?」
普段なら不機嫌そうにそっぽを向くだけのセアラが急に近づいてきた上、謝罪の言葉まで口にするので、グレアムは呆気に取られて彼女を見た。
「本当にごめんなさい。反省しますから、これからは仲良くしてくれると嬉しいですわ」
セアラはそう言って両手でグレアムの手を取ると、そのままぺこりと頭を下げた。
グレアムはしばらく呆然とした後、慌てて言う。
「顔を上げてください! セアラ様」
「許してくださる?」
「許すも何も。初めから怒っていませんから」
「よかった。じゃあ、これから仲良くしてくださる?」
「え? ええ……」
グレアムはセアラの言葉をいまいち理解できないままうなずく。セアラはぱっと顔を輝かせた。
「ありがとう! じゃあ、今日から私たちお友達ですわね!」
嬉しそうに言うセアラを、グレアムはぽかんとした顔で見つめた。グレアムだけではない。ウェンディもほかのクラスメイトも、突然のセアラの態度の変化に言葉を失っている。
セアラだけが両手でつかんだグレアムの手をぶんぶん振りながら、嬉しそうにしていた。
教室に入って来たグレアムを見た瞬間、セアラは思い出したのだ。夢の中で処刑されるセアラを見て、ただ一人涙を流してくれていたのが彼だったと。
彼は必死でセアラ様はやっていない、確かにわがままで性格が悪いが、毒殺まで企てるほど愚かではないと訴えてくれた。
思い出した途端、腹立たしさしか感じなかった彼の今までの言動が違って見えて来た。
無難に過ごしたいと思うのなら、セアラのことなんか放っておいて、適当におだてて距離を置いておけばいいのだ。しかし彼はそうしなかった。
侯爵家という後ろ盾があるとはいえ、公爵家の娘であるセアラを怒らせるのは都合が悪いはず。それなのに彼はセアラが問題行動を起こすと、決まっていさめにきた。
それがセアラのためを思ってか、周りの被害を抑えるためかはわからないが、セアラには彼の行動が感謝すべきものに思えてきたのだ。
「グレアム様! これからも私が何かやらかしたらどんどん叱ってちょうだい!」
「は、はぁ……」
セアラに明るい表情で言われ、グレアムは曖昧にうなずくしかなかった。
グレアムが微妙な表情をしていようと、クラスメイトが困惑した顔で見ていようと、セアラにとっては小さなことだ。
(私、これからは正しく生きるわ! あの悲惨な夢と同じ結末を迎えないように!!)
セアラは心の中で固くそう決意した。
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