第2話

 セアラには学園の中でウェンディ様のほかにもう一人、一目置いている者がいた。伯爵家の令息デズモンドだ。


 身分こそ公爵令嬢のセアラに比べて高くないが、デズモンドは甘やかな大変美しい顔をしていた。


 それでいていつもセアラに親切で、セアラの言うことには何でも賛同してくれるのだ。



 セアラはデズモンドを大変気に入っていた。夢の中でそのデズモンドから、ウェンディ様がこちらの紅茶をお好きだそうなので出して差し上げてくださいと言われ、疑うことなく受け取ってしまったのも無理もないことだろう。


 処刑の時、セアラを囲む群衆は皆笑っていた。見知った顔もいくつもあった。屋敷から追い出した元使用人。気に入らないからと排斥したクラスメイト。言うことを聞かないので学園を辞めさせた教師。


 その真ん中にはたいそう嬉しげな顔でこちらを見つめるデズモンドがいた。


 あまりにも嫌な光景だったからか、思い出すと記憶にもやがかかって、頭がずきずき痛み出してくる。



 セアラが処刑される瞬間、悲しい顔をする者は誰一人としていなかった。皆満足気な顔か、それでなければ嘲りの表情を浮かべてセアラを見ていた。


……いや、皆、だっただろうか。一人だけ泣いてくれていた者がいた気がするのに、よく思い出せない。ショックで後から記憶を継ぎ足しているだけで、本当はそんな人出てこなかったのかもしれない。


「……なんにしろ、本当に嫌な夢だわ」


 セアラは首に手をあてて低い声で呟いた。首にはまだ刃が食い込む感覚が生々しく残っている。セアラには今見た光景が、ただの夢だとは思えなかった。



***



「おはようございます。セアラ。今日は早いですのね」


「お、おはようございます。ウェンディ様」


 翌日、学園に登校したセアラは門の前でウェンディ様に出くわした。たちまち悪夢がよみがえり青ざめる。


「どうかしましたの? セアラ。なんだか顔色が悪いですわ」


「少し寝不足で疲れているだけです! 早く教室に向かいましょう、ウェンディ様」


 セアラはごまかすように言って早足で教室まで歩きだした。実際昨夜は悪夢のせいでほとんど眠れず、体調もあまり良くなかった。



「ウェンディ様、セアラ様。おはようございます。朝からお顔を拝見できるなんて嬉しいなぁ」


「!!」


「あらデズモンド様、おはようございます。相変わらず口がうまいのね」


「何をおっしゃるんですか。本心ですよ」


 ウェンディとデズモンドがにこやかに話し始める横で、セアラはだらだら冷や汗をかく。


 デズモンド・ダイアー。今もっとも見たくない顔だ。なにせ彼は夢の中でセアラを陥れて処刑場に送った張本人なのだから。


「セアラ様。今日も本当にお美しいですね。その夜空を映し取ったような髪飾り、星の妖精のようなセアラ様によく似合っています」


「え? ああ、ありがとう」


 セアラは警戒しながら、大げさなデズモンドの賛辞に曖昧なお礼を言う。


 デズモンドは彼女の態度に首を傾げた。普段のセアラなら、つまらなそうな顔でああそう、なんて言いながら、頬を赤らめて明らかに機嫌をよくするからだ。



「デズモンド様。今日のセアラは寝不足で少し体調が悪いようですわ」


 ウェンディがそうフォローする。デズモンドはわざとらしく目を見開いて言った。


「それはそれは。体調が悪いのにも気づかず失礼いたしました。少し保健室で休んで行かれてはどうですか? 付き添いますよ」


「いえ、休むほどではありませんから」


「では、明日にでも寝つきをよくする紅茶を持って来ましょう。うちに出入りする商人に、珍しい紅茶をたくさん用意してくる者がいるんです」


 紅茶という言葉にセアラは息を呑む。そして青い顔で言った。


「いえ、本当にお気遣いなく。行きましょう、ウェンディ様」


「え? ええ。デズモンド様、ごきげんよう」


 青い顔でウェンディを連れて去って行くセアラを、デズモンドはぽかんとした顔で見ていた。



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