生まれた友達、残されたひと

 遠い、遠い昔の話です。ある国に、とても大金持ちの貴族の家がありました。広い土地を納める、由緒正しいその家に、1人の女の子が産まれました。


 赤ちゃんでありながらその目つきはきりりと鋭く、5歳を迎える頃には乳母の手を離れて、1人でじっと本を読むような、賢く、しっかりした子に育ちました。


 その様子を見て両親は、本当は男の子に家を継がせたかったが、彼女でも良いかと、考え始めました。


 少女には、何でも与えられました。本、おもちゃ、難しい勉強や難しい踊り、剣技など本来なら男子がやるべきことも沢山ありました。しかし、少女はそれに弱音も吐かず、正面から向き合い、10歳になる頃には近隣諸国も含め、多くの人の話題となり、国の王子にも強く聡明な姫と、婚約を求められる程になりました。


 しかし、何でも与えられた少女には唯一得ることの出来なかったものがありました。それは、友人です。


 少女は沢山の本を読みました。古い歴史書から、愉快で素敵な物語まで、読む本はばらばらでした。その中でも好きだったのは、1本の剣で悪党や魔物を倒し、人々を救う冒険譚。そして、庶民の生活を面白可笑しく綴った様々な物語です。


 その物語の中には、沢山の笑顔が見えました。家族、友人、仲間。どれも少女が持っていないものです。生まれた時から、家族と会うのはパーティ等の時だけで、彼らのことは名前しか知りません。


 そこで、彼女は次に何が欲しいか問われた時に、友人。と答えました。その時の侍従の顔は、よく覚えています。


 それからしばらくして、弟が生まれ、彼女は期待外れと、屋敷の中の物置に押し込まれました。彼女は、何も理解できないまま、誰からも忘れ去られました。


 それから2年の時が経ち、彼女は最低限の栄養だけ与えられ、痩せる事はなくとも、育つことも無く小さいまま暗い物置で毎日を眠って過ごしていました。


 起きて、ご飯を食べて、時折放り込まれる荷物を片付ける。そうしてまた眠り、ご飯が渡される朝を迎えるまでたっぷり眠ります。そうしないと、与えられるご飯が少なく、栄養が足りないので、倒れてしまいます。


 無駄なことも考えない。夢も見ない。光の入らない物置で、それから更に3年が経ちました。


 風呂にも入れず、髪は見苦しい程に長くぼさぼさに。垢にまみれた体では服を着ることも出来ません。冬になれば、凍えてしまうほど冷えるこの部屋にも、もう慣れてしまいました。


 慣れたはずなのに、彼女はその日、夢を見てしまったのです。明るい太陽の下で、可愛らしい友人と、素敵な服を着ながら談笑をする夢。幼い頃に読んだ本で見た、素晴らしい1日。目覚めた時には、その夢は薄れ、その残滓も涙と共に流れ落ちてしまいました。


 突然、その涙が急にきらりと光ったのです。そして、優しく、暖かい光と共にそれは人の形を取りました。


 そのまま、ゆっくりと少女に近ずき、ぎゅっと抱きしめます。それだけで、汚れた少女の体は清められ、長くぼろぼろの髪は綺麗に整えられ、シンプルながらも、それが良く似合うかつての美しい少女がそこに居ました。


 涙より生まれたその光は、しばし少女と見つめ合い、その後に口を開きました。


「初めまして、麗しい私の姫。…いえ、私の愉快なご友人。かしら?」


 少女は掠れた、息だけの声で、あなたはだれ?と訪ねます。


「私は貴女の想いから生まれた神様。貴女だけの、友神です。ところでご友人、私の名前は何かしら?」


 名前。少女は悩みました。どんな名前が彼女に相応しく、良い名前か。考え抜いた末に与えた名前は…


「イウ…素敵な名前ね。じゃあ、私はイウ。貴女の名前は?」


 少女は、フルゥムと名乗り、イウにフルゥと呼んで欲しいと答えました。


「フルゥ!貴女の名前も素敵ね!ところで、イウの由来は?」


 ある本にでてきた、美しい妖精と、その友人。それがイウとフルゥムです。その本は、両親が唯一、私と話しながら買ってくれた本です。しかし、少女に…フルゥにその記憶はもう無く、ただ、その名前だけを覚えているのでした。


 その日から、フルゥは少しづつ、昔の賢い少女の面影を取り戻していきました。彼女の涙から生まれたイウは、毎日フルゥの身を清め、新しい服を出し、沢山のお話をしました。


 人が来れば隠れてこそこそお話をし、与えられるご飯に不思議な魔法をかけて、いままで食べたことの無い、刺激的な味を楽しみました。


 そんな生活が更に1年。気づけば、生まれてから16年と、物置生活は6年も続いていました。いつもなら、バタバタと屋敷が騒がしくなる冬の終わり頃。この物置にも、物を取りに沢山人が来るのですが、どうにも今年は様子がおかしく、まったく人気がありません。


 どうしたのかしらと、すっかり調子を取り戻したフルゥはこっそり扉の外を見ました。すると、足元のカーペットは真っ赤なものになっています。昔は、屋敷に合わせて美しい青だったのに…この6年に変わったのかしら?と、疑問に思いながら1歩踏み出すと、カーペットからは湿った、ぺちゃ。という音がなりました。


 足を、ゆっくり持ち上げると、つぅっ。と、赤い液体が、靴裏からぽたりと垂れました。フルゥは、あぁ、誰か死んだのか。と、直感で思いました。それだけです。


 屋敷を歩いてみると、死体はひとつもありません。しかし、どの部屋にも血溜まりがあって、荒らされた跡がありました。


 フルゥは、ここにいてもダメかな。そう思って、残された物の中でも比較的高く売れそうな物と、自分の部屋の床にこっそり隠していたへそくりを持って、イウと共に屋敷から出ました。


 屋敷の外には、大きな畑と、その周りに沢山の畑があって、いつ見ても絶景だった事を、思い出しました。眼科に広がる、火がそこかしこで立ち上り、真っ赤に染まる村を見ながら。


 それから少女と神様は、2人で遠くの国へ向かいました。山を2つと、大きな湖を超えて、フルゥを知らない人の住む国に辿り着きました。


 手持ちのお金で宿をとり、屋敷の宝を売って、しばしの休憩です。イウは、他の人には見えないようなので、一人部屋をとってのんびりと太陽の光を浴びながら眠りました。


 目が覚めたのは、次の日の朝。眩しい朝日を浴びて、ぐっと伸びをする。6年ぶりに暖かい布団で眠り、朝日を浴びたフルゥは、少し戸惑いながらも、これが当たり前なんだ。と、頬をほころばせ、早速街に繰り出しました。


 イウと一緒に服を選び、立ち並ぶ露天で初めての買い食いをし、物語でしか見た事のない、犬や猫を撫でて、沢山遊びました。


 1週間もすれば、顔なじみもできて、露天のお手伝いなどをしながら、少しづつお金を貯めました。フルゥは、イウと共に旅をしようと決めたのです。


 そうしてまた、かなりの時間が経ちました。フルゥは、いままで伸びなかった分が急に来たのか、メキメキとその背を伸ばして、多くの男に言い寄られましたが、それを振り切り、沢山の国を訪れました。


 訪れた国には1年滞在し、路銀を稼ぎつつ人々との交流や、異文化を楽しみました。時には、お金を騙し取られたり、なぜかイウとはぐれたり、冤罪で逮捕される事もありましたが、どれも新鮮な体験で、楽しむことが出来ました。


 旅の終わりは、30年経った日のこと。崖から落ちたことで死にかけてしまった事が発端です。死の神も彼女の所へやってきて、もう助からないかな。なんて思ったところに、腕の良い医者が通りかかり、フルゥを助けました。


 その医者が、行く宛てがないならラゼラータなる国に行けば良い。と、誘ってくれたのです。


 医者も、そのラゼラータとやらに向かう途中らしく、その国には沢山の国からやってきた、行き場所のない人間が集まっていると、教えてくれました。


 フルゥも、せっかくだから、とそのラゼラータに行くことを決め、早速その医者と共に歩き始めました。


 この医者は、祖国でやっては行けないと言われた手術を行い、追放されてしまったとのことでした。本来ならば、命を取られるところを、患者が助かったからと命だけは助けられたのです。


 そうして、2人と1柱はラゼラータに辿り着きました。


 そこで、フルゥは一夜にして、ここに根を下ろす事を決めました。


 この国に来て初めて出会ったある男、その男と共にお酒を飲み、話すうちに仲良くなり、気づけば、同じ部屋で眠り、朝を共に迎えていました。


 …ここまでが、たった1人で神を生んだ奇跡の少女の話です。


 彼女はその後、その男と結婚し、天寿をまっとうしました。結婚して、数年が経つ頃に、イウを見ることは出来なくなっていたけれど、いままで以上に沢山の出会いをし、幸せに過ごしました。


 それから、友達が居ない子の前に、不思議な女の子が現れるという話が、この国で話題になりました。


 その女の子は、おいでと友達のいない子を誘い、友達を作る手助けをして、また消えてしまいます。


 …はて、これは果たして、昔友達が欲しいと願った少女なのか、はたまたまた新しく生まれた神なのか。それは、誰も知りえないことでしょう。


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