歌の輪
昔から、何かある事に歌を歌っていました。悲しい時も、嬉しい時も、どんな時でも。だって、歌は全部受け止めてくれますから。
ぼーっと空を眺めていると、ふっと歌詞が降ってきますし、悲しくて下を向いていると、涙の中に歌詞が溢れています。たまに、怒られることもあります。でも、歌を歌うこと以上に私は自分を表に出せないのです。
今年は、いつも以上に空が荒れて、海も怒っていました。沢山の雨と、白く濁る海、ただでさえ暗くて怖い森には、誰も近づきません。
でも、私は雨が大好きです。海も、荒れている波がかっこよくて、テレビで流れたところを切り抜いて眺めていました。
音楽が好きな父が気を利かせて作ってくれた防音室で、外の雨の音を聴きながらギターをかき鳴らします。普段はピアノの方が好きだけれど雨の音をドラムに、風の音をベースにして演奏するのが、バンドのようで楽しかったのです。
そこに、波の弾ける音を混ぜると、部屋の温度が更に上がるように感じました。
ですが、外は大変なことになっていました。建物や畑が崩れるだけでなく、巻き込まれて流される人もいました。この国を斜めに横断する川が氾濫して、避難していた人の足を掬いとったのです。
私は、ギターを置いて、テレビを見ていました。そして、ふと思いつきました。これじゃ、みんなも、神様や精霊様も悲しくて、雨は酷くなる一方です。だから、私の歌でみんなを励まそうと思いました。
でも、こんな時に限っていい歌詞は思いつきません。いくら頭を捻っても、叩いても歌詞が降ってこないのです。
うろうろと部屋を歩き、部屋から出て水を飲んだりして考えているうちに、何故か外にいました。雨に打たれ、凍える体はがちがちと震えてきました。
流された人たちも、こんな気持ちだったのか、守るべきものを守るために外に出た人は、これより苦しい思いをしたのか…そう思った時に、頭に一筋の光が流れました。ばちりと明滅する視界には、この国で最も大きな電波塔が映っています。
私は雨の中かけ出しました。体が大きくて、力の強い外様の人が止めようとしますが、私は振り払って一直線です。ゴロゴロなる雷よりも、早く走りました。いや、そんなこと出来ませんけど。
そして、電波塔に着くと、その下にあるテレビ局に飛び込みました。滴る雨粒もそのままにスタジオに向かい、道中でミュージシャンからギターをひったくります。
ストラップを方にかけ、現在放送中のバラエティ番組のカメラに向かい、叫びました。
「神様!もし、このテレビを見ているなら、私の歌を聴いて元気になってください!国の皆さん!私が、神様を元気にします!だから、一緒に歌ってください!昔の、強いラゼラータの人々に倣い、共に戦いましょう!!」
唖然とするタレントや、テレビディレクターの声が遠くなって、私が深く息を吸い込む音だけが耳の奥に残ります。アコギの、柔らかい玄がちぎれるほどの勢いで最初の音を叩き出して、私はカメラに向かって絶叫しました。
負けるな、だの頑張れだのとありきたりな事はいいません。ただ、私の声と音だけを届けるために、強く、強く響かせました。
濡れて冷えた体が芯から熱くなります。歌うのをやめて、ギターを鳴らしながら周りを見れば、会場の全ての人が笑顔で、私を見ていました。
私は、まだまだ終わらせないと喉を震わせます。さっきギターをひったくられた人も、呆然と、でも楽しそうに私を見ていました。
最後の1音を残して、私は倒れました。ここまで雨に濡れながら走ったせいで、風邪でもひいたのでしょう。でも、私は満足でした。
―その後、雨は徐々に弱まり、流された人も多くは無事に帰ってきました。当然、助からない人はいましたが、人々はそれを受け入れ、また明日を迎えるために立ち上がりました。
あのテレビ番組はこの国史上最大の放送事故となり、私はたくさんの人に叱られました。でも、それ以上に感謝の手紙が私宛に届き、今でもあの曲は様々な場所で流れています。
歌詞も、タイトルも無く、コードもぐちゃぐちゃな不細工な曲でしたが、それが良いと、そのまま無名というタイトルで今は広まっています。
私は、国を救った英雄などと祭り上げられてしまいました。でも、私は自分の音楽で人を救えたことが、それだけが嬉しくて、甘んじて英雄の名を受け入れました。
そうしてまた、この国は楽しげに笑うのです。どんなに大変なことがあっても乗り越える強さを持つ、このラゼラータ。私は、今日もこの国で歌っています。
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