月空教室

(あの森には近づくなよ!なんか薄気味悪いもんがいるって噂だ。え?それが何かって?…さあねぇ、俺も噂で聞いただけだ。ただ、あのバケモンとかヒトモドキとも違う、ぼんやり光るナニカって話だ)


 古い考えを拭い切れない老人は、そう語った。海と、鉱山の山脈と、火山に囲まれるこの国。海から見て、右側が鉱山なのだが、その麓でどうにも不思議な出来事が起きるという話が、最近話題になっている。


 私も、フリーのライターとしてその手のネタは見過ごせず、すぐに近隣の人の話を聞いて回ることにした。


 が、この辺りは昔からこの国に住む人が集まり、どちらかと言えばその手の話題に積極的では無い。夏頃…今は秋なのだが、実家に帰省した家族が目撃し、話題になったということでこの頃は新しい情報はない。


 強いて言えば、そのぼんやり光るナニカは夜になると現れ、出現頻度も不定期だということだけがわかった。


 なので、夜になるまで森を散策しつつ、何かしら怪しい場所がないかと歩いてみることにした。


 森の中は陽の光も届かないほど葉が茂り、夏が終わったばかりなのに随分と冷えていた。


 歩くと、森の中にぽっかりと空いた場所があった。調べてみると、そこだけ草が倒れ、不自然に綺麗な切り株がいくつかあった。


 もしかしてここか?と、アタリを付けて、サーモカメラを初めとしたいくつかの機材を設置し、少し離れた所にテントを貼って夜まで仮眠を摂ることにした。


 何が起きてもいいように、センサーを設置し、携帯と繋げておく。何かあれば、携帯がアラームを鳴らしてくれる仕組みだ。


 が、アラームに反応はなく、無事に日は暮れた。今日は予報だと夜まで晴れで、綺麗な満月が見れると言う。


 最悪このまま何も無ければ、綺麗な月の写真だけ掲載しようかなぁ、炎上しそうだなぁと思いながら空を見上げ、写真を撮っていると、ふわりと耳元を何かが通り過ぎて行った。


 淡い金の鱗粉を落としながら、蝶の様なそれは先程の切り株の所まで飛んでいく。


 物音をなるべく立てないよう、気をつけながらそちらに向かうと、昼間のように明るい広場を見た。


 月の光が、先程の鱗粉や、ガラスの破片のような何かに乱反射し、まるで万華鏡のように輝いていた。


 それに見蕩れていると、美しい女性が空からゆっくり降りてきた。短く揃えられた金色の神に、月光をたっぷりと集め、透けるような白いワンピースを着た、1柱の神様…確か、大陸の真ん中の方の、勉学と知識を司る神だったろうか、彼女は手に持つ教鞭を握りしめて、切り株に集まる光に声をかけた。


「では、今日も人と私たちの関係についてお勉強しよう。君たち産まれたての精霊には難しいだろうが、頑張ってくれ」


 …どうやらここは、精霊様の学校のようだ。この国にしかいない、神の眷属。自神の居場所の国から離れられない神々の代わりに、私たちを見守り、時に力を貸してくださる不思議な存在。


 私は、こっそりカメラを回収して、データを消す。ちらりと女神様が私を一瞥したような気がしたが、気がしただけだと無視をした。


 最後に私は彼らに頭を下げ、森を出る。月は、もっと近くで回っていた。


 …それからというもの、私のブログは来客が増えた。どうしてかわからないが、まぁご利益と考えて良いものか。


 あの日見た精霊様は、今はどこで誰を見守っているのか、それを考えながら、今日もパソコンに向き合った。

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