素敵なぼろ人形

 私はいつも、朝の森を歩いています。日課の散歩みたいなもので、時折果物や食べられるキノコを持ち帰って朝ごはんにします。


 あの日も、いつものように森を歩いていました。秋も暮れてきた底冷えのする日で、森の中はいつも以上にひんやりしていました。


 そんななかで、きらりと光るものを見つけました。近づいてみると、それは一体の綺麗な人形でした。


 元は輝くブロンドだったはずのぼさぼさの髪と、薄汚れた顔、所々破けて、肌の見えるワンピース。それでも、その人形は美しさを損なっていませんでした。


 私は、人形をそっと抱き上げて、埃と枝葉を払って持ち帰ることにしました。どこか、私に似た何かがあると思ったからです。


 人形は、目算で大体4〜50cm程、とてもずっしりしていて、立派な人形だと思いました。


 森の中は薄暗くて、いつも霧がかかっています。それなのに、遠目でも見えるほど光るその髪は、洗えばもっと美しくなると、人形のお顔も、泥に汚れてしまい、白い肌が黒ずんでしまっているので、早く綺麗にしてあげたいと思いました。


 この森は、この国の開拓の要所にもなっていて、すぐに帰らないと人が沢山来ます。私は、あまり人に見られたくないのと、もし誰か見つかったらこの人形も巻き込んでしまうと思いました。


 なので、私は、急いで人形を…彼女を抱きかかえて帰りました。見れば見るほど、人間離れも人形離れもしたその雰囲気が、人形なんて呼び方を許しませんでした。


 道中、唯一汚れていない青いがらすのが、ちらりと私を見て、まばたきしたように思えましたが、きっと気のせいでしょう。


 そうして連れて帰ってきた彼女の服を、私は丁寧に脱がしました。家の中は静かで、私以外の家族はまだ寝ているようです。


 これから仕事もあるし、せっかくだから私もシャワーを浴びようと、一緒に風呂場に入りました。


 細部までしっかりと作り込まれた彼女は、陶器で出来た高級そうな肌をしていて、水で流すだけですぐに綺麗になりました。髪の毛も、櫛でとかして、丁寧にシャンプーをすると、きらきらと宝石のように輝く美しい髪に戻りました。


 その後、彼女にタオルを巻き、私も体を流し始めた頃、どさっ。と、物音が鳴りました。振り返ると、脱衣所にいた彼女が倒れています。きっと、頭が大きくて重いから、バランスが崩れたのかな。そう思って、私も体を拭きながら彼女に近づきます。すると、彼女は


「ありがとう」


 そう呟きました。そして


「お腹すいたわ。何か、久しぶりに食べたくなっちゃった」


 そう言って、短い手足で一生懸命立ち上がろうとします。…正直、その仕草がとても可愛かったので、起こすのを手伝うべきか迷ってしまいました。


「私は、人形の体で生まれた取り替えっ子なの。けど、体を上手く動かせなくって、動きがぎこちないくて不気味だって、森に捨てられたの。あなた、私と一緒に暮らしてくれる?」


 私は、この話を聞き、どうして喋り、動くことが出来るのかを、納得することは出来ました。ですが、私は嫌じゃないの?と、問いました。


「?あなたの体のこと?気にしないわ。それよりもどうなの?」


 私は、目に涙をためて、彼女を抱きしめました。この体を怖がらなかった。それがとても嬉しかったのです。


 …裸で抱き合うのをやめて、ドライヤーでゆっくり髪を乾かし、リビングに連れていきます。


 幸い、我が家はテーブルと椅子ではなく、足の短い机と座布団の家だったので、家族の分ともう1枚、彼女の分の座布団を用意し、昔お気に入りだった人形の服を彼女に着せました。


 それから、起きてきた家族に訳を話しました。5人家族の、母と父、兄と妹の反応は


「素敵じゃない!すぐにお洋服仕立てなきゃ!」


 母は洋服屋の血が騒ぎ、


「なら、この子のための家具とか食器用しなきゃな」


 細工師の父は口ひげを楽しそうに揺らし、


「名前あるの?無い?それなら名前決めなきゃ!」


「人形だし、ティアとかどうだ?パペティアーのティア。可愛らしいと思うが」


「理由のセンスは無いけどティアは可愛いね!素敵!」


「私もそう思うわ。ティア…いい名前ね」


 兄と妹はすぐに仲良しになっていました。


 …そう、みんな、取り替えっ子を嫌がらない。この国でも少数派の人達なのです。だから、ティアはあっさりと家族になりました。戸籍を登録して、元々着ていたものよりもっと素敵な洋服を仕立て、可愛らしい沢山の食器と彼女専用の家具を用意して。


 そうして、私たちは家族になりました。今では、2人で一緒に仕事をしています。この国から、取り替えっ子の…替子の差別といじめ、そして捨てられて、身寄りを失った替子を無くすために、活動する、この孤児院。そこでティアは、自らマスコットになり、今まで心を閉ざしていた子と接してくれました。


 あの、素敵なぼろ人形はもういません。ここにいるのは、誰よりも輝く素敵な女の子です。


 私たちは、今日も戦います。いつか、私やティアのように人ならざる人間を残さず救うために。この、醜い4本の腕と、1つしかない目を愛することが出来るために。

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