第1話 ヲタクはじめました
俺の名前は丹羽義春(にわよしはる)。33歳独身。
先日、彼女と別れたのをきっかけに以前から打診されていた大阪支社への転勤の辞令を受け、10年振りに大阪に帰ってきた。
学生時代から付き合いのある地元の友人達には、簡単に彼女と別れた事、大阪に転勤して帰ってきた事は伝えてあるが、またお会う、呑みに行こう的な返信は返って来たもののお互いに急な話だったのでまだ実現はしていない。
そんな中、1人の友人に電話をする。
「お!よっさん!久々じゃないですか!大阪帰って来たんですよね??わざわざ電話くれて、どうしたんですか?」
電話をした相手は相沢知樹(あいざわともき)。2つ後輩で大学生時代のバイト先で知り合った友人だ。妙に気が合って、他の地元の友人とも一緒に遊ぶようになり、今に至る。
人懐っこく、陽キャでイケメン・・・そしてヲタクである。
10年以上前、今ほどヲタクをオープンにする人間が少なかった時代、人前で『エバ』が好き!『プイキュア』が好き!と言っていたのは天性の陽キャである彼だから許されていたのではないと当時は思っていた。いや、実際には彼がイケメンだったからか・・・アニメの話を女の子の前でしても「知樹君って面白い!!」となって許されるのだ。
イケメンはズルイ。
そんなオープンヲタの知樹に、大阪に帰ってきて1番に連絡を取った理由、それは・・・俺もヲタクになったからである。
彼女と別れた失意の中で見たアニメの動画。
今までディズニーやジブリのような一般的なアニメには人並に触れてきたが、所謂・・・深夜アニメというコンテンツには自身も元彼女もまったく素養がなく、その動画を見ている時だけは元彼女の事を思い出さずに、心を無にする事が出来た。
動画元のアニメは「けいおんぶ!」という女子高生がバンドを始めるアニメで、なんと10年近くも昔の作品だった。
しかし昨今はサブスクコンテンツで簡単にアニメ本編を見る事が出来、動画の音楽PVループに飽きた後はスムーズに1期、2期、そして映画版を勢いのまま見た。
なんだろう・・・何故か涙が出た。
こんな学生時代を送りたかった涙か、彼女たちの尊い友情への涙か、はたまた努力が結実した事への感動の涙か・・・昨日まで「苦しい」「辛い」「恨めしい」と流していた涙とは違う綺麗な涙だ。知らんけど。
その後何度も何度も何度もループして同じ作品を見た。
何度見ても「天使がくれたよ!」の曲が流れると泣いてしまう。多分そういうものなんだろう。心が洗浄されていくのがわかった。勘違いかも知れないが。
そうして、俺は再び立ち上がった。
苦しい事もあるし、辛い事もある・・・それでも彼女達は立ちあがりハッピーエンドを迎えた。俺も立ち上がらなければならない。立ち上がらないと現実もハッピーにはならない。たしかに俺は大切な彼女を失った。しかし、しかし今俺の心の中には大切な人がいる。
『ミオちゃん』
彼女と出会う事によって俺はまた前に進む勇気を得る事が出来たのだ!
そう!俺はヲタクになったのだ!
「前にみんなにも連絡したけど、彼女と別れて大阪帰ってきたから、知樹と久々に呑もうかなって・・・」
「呑むのは全然オッケーなんですけど、彼女との別れの話が重そうなのでサシじゃなくて他の人も呼びません?」
たしかに別れ話の重いやつを後輩1人に愚痴るのは気が引ける。
しかし今回は目的が違うのだ。
「いや、俺さ・・・実はヲタクになってさ・・・」
「は?急に何言ってんすか?」
やはり急過ぎたか。大阪に帰って来ての会う口実の第一声がこれだと、マジで愛知に行っておかしくなったと思われる。
「前にケンイチの結婚式の余興のバンドで演奏した曲あったやん。最近あの曲を調べたら『けいおんぶ!』ってアニメの挿入歌って事がわかってさ。今更やけどアニメ見て、今ハマってるねん」
「ホント今更ですね・・・もう10年くらいのアニメじゃないですか?」
「そうそう!それくらいかな?それでアニメの話をしたくなってんけどさ・・・周りにアニメの話を出来るんが知樹くらいしか思いつかなくて・・・」
「それこそケンさんに声掛けましょうよ!」
ケンイチ・・・広瀬健一(ヒロセケンイチ)。俺とは中学の同級生で、高校と大学は別々の学校に進学したが、高校3年生の時に同じバイト先で働き始め、大学時代は知樹も加わって3人で一緒にバイトをした仲だ。
中学、高校共にハンドボール部に所属し、高校時代はキャプテンで近畿大会に出場するほどのスポーツマン。学生時代に俺がきっかけで知り合い、そして付き合った彼女と20代半ばで結婚し、今では二児のパパだ。誰に対しても人当たりが良く、明るく爽やか。悪意を込めて紹介するなら体育会系脳筋・・・最近もロードバイクを購入してサイクリングを始めたと言っていたし、趣味もアウトドア寄り。まぎれもなく人種としては陽キャ側の人間で、アニメの話をする印象はない。
「ケンさん実は、隠れヲタなんすよ。しかも超が付くほど重度の」
「マジか!?そんなイメージないけどな・・・」
「めちゃくちゃ必至に隠してましたからね。でもヲタク側の人間から見るとかなりガバガバでバレバレでしたけど」
「俺は全然気付いてなかったわ」
「2人で会う時はほとんどアニメの話だし、カラオケ行ったらケンさん、アニソンしか歌わないですよ。ってかよっさん達とカラオケ行った時もあの人メジャー歌手がタイアップしたアニソンとかいつもチョイスするし」
「んー。そうだったかな??でもたしかにいつも少しズレ気味のチョイスをする印象はあるかも」
「ケンさんにその指摘したら顔真っ赤にしますよ」
「それは面白そうやな」
「一度通話切ってケンさんに連絡してみますね。しばしお持ちを」
知らなかった。ケンイチがアニメ好きだったとは。
そういえばケンイチの家にはあまり遊びに行った事がなかったな。全員出身大学は大阪。学生時代もずっと実家だったし、ケンイチの実家には祖父母が常にいたので、同じ実家でも両親が共働きで日中は誰もいなかった俺の家に集まるか、知樹とバイト先で知り合って以降は一人暮らしだった知樹の家に行く事が多かった。
ほどなくして再び知樹からのコールが鳴る。
「詳しい日程とかはまだ全然決めてないですけど、即答で「ほな3人で会う時間作るかー」って言うてましたよ。あれは完全にテンション上がって電話の向こうで尻尾ブンブン振ってますね」
ホントにそんなテンションなのか?ケンイチを呑みに誘うとだいたい一言目は嫁さんに確認してからって言われるのだが。
「たしかに俺と通話切ってからめっちゃ早かったもんな。次に連絡来るんは明日とかかかな?って思ってたわ」
「ケンさん隠れヲタだったから、ヲタク友達少ないですからね・・・今は奥さんもヲタクなので満たされているみたいではありますけどね。」
「え??近藤もヲタクなん?」
旧姓近藤さおり・・今は広瀬さおりでケンイチの嫁である。
高校時代の俺の同級生。正確には当時付き合っていた彼女の親友的なポジションの知り合いだったが、ふとしたの雑談の時にバイト探してると言っていて、俺やケンイチ、知樹が働いていたバイト先を紹介し、一緒に働くようになった友人だ。
最初は俺や当時の彼女を含めて複数人で遊ぶ事が多かったが、気が合ったのかケンイチと近藤は2人きりで遊びに行くようになり、いつのまにか付き合っていたのだ。なお当時、俺には恋バナや恋愛相談とかはなかった。
「さおりちゃんはイラスト描いたり、漫画描いたりとかのクリエイティブ系のヲタクですね。漫画とかアニメの話も全然いけますよ」
そういえば・・・近藤は学生時代、演劇部で台本とかも自分で書いていたりしてたし、文化祭のポスターや修学旅行のしおりのイラストなんかも率先して描いていたような気がする。
「たしかに絵は上手かったような気がするな・・・」
「その辺りもケンさんと気が合ったのかもしれませんね。彼女の前なら本当の自分をさらけ出すことが出来る!的な?」
「なんやその漫画でありそうなセリフは」
いかにもヲタクが言いそうなセリフ回しだ。しかし、気付かなかっただけで俺の周りにはこんなにもヲタクが溢れていたとは・・・意外だった。
「とりあえず、また3人で会える日程組みますね」
急な電話で知樹の時間をかなり奪ってしまった。
本当は唯一ヲタク話を出来そうな友人に自分がヲタクになった報告と、次に会う約束を軽くしたかっただけで・・・まさか20年近く友達をやってる親友が隠れヲタだったというカミングアウトを聞く予定はなかったのだ。
「オーケー!急に電話してゴメン!店とかは任せていい?」
「大丈夫です。でも普通の居酒屋とかでいいでしょ?」
「なんでも良いよ!メインは上手い飯を食いに行くってわけでもないしね」
「はーい!じゃあまた連絡します」
と、言って通話が切れた。
そうか・・・ケンイチもヲタクだったのか・・・。
次に会った時はどんな顔でどんな話をするんだろうか。ワクワクしてきたな。
もし俺に尻尾があったなら、ワクワクを隠せずにブンブンと振っていたかも知れない。
後日、知樹のセッティングで俺の実家の最寄り駅近くの居酒屋「豚貴族」に集まった。
そもそも俺、知樹、ケンイチ・・・そして近藤が働いていたバイト先は全員の当時の生活エリアから一番近いターミナル駅にあるファーストフード店だった。
ケンイチと俺は中学からの付き合いなのでお互いの実家は近かったし、近藤も公立高校で知り合ったので同じ学区内、駅で言うと3つくらいしか離れていない距離に住んでいた。大阪市内で駅3つくらいなら自転車の距離、ケンイチと近藤は結婚後、お互いの実家の中間くらいの場所で家を建てて今は暮らしている。ケっ!リア充が!
知樹も一人暮らししていた場所から近いという理由でバイト先を選んだいたみたいで、仕事をしてから現在も同じ場所に住み続けている。つまりは未だに全員の生活圏が近く、学生時代と変わらないエリアの生活圏でウロチョロしているのだ。
そんなワケでわざわざミナミやキタの繁華街まで出張らずに、地元の居酒屋をセッティングした知樹の判断は必然であった。
「かんぱ~い」
知己の3人なので声を張るワケでもなく一応・・・な感じでグラスをぶつける。
とりあえずはお互いの近況報告から、さっそくではあるが俺が大阪に帰って来る事になった彼女との別れの話をする。
出張から帰ってきたら彼女の浮気相手が家にいてバッティングした話なんて本来なら飲み会のメインテーマになり2時間くらいはあーだこーだと話せるくらいのコンテンツだが、今日の飲み会はそもそもの趣旨が違う。
さらにはケンイチがヲタクを隠していたという件も興味深い話ではあるが、こちらも今はさらっと流しておく。
開始15分。そろそろ本題へ向かう為にエンジンを掛け始めよう。
「じつは最近『けいおんぶ!』ってアニメにハマってさ」
ケンイチの眼光はキラリと輝き、知樹はやっとか、といった表情になり、さっと飲み物の注文を3人分オーダーし、こちらに向き直る。
「名作ですよね」
「面白かったよな」
2人とも好きな作品のようだ。やはり良い作品だったのだろう。俺の目に狂いはない。
「ケンイチの結婚式の余興でやった曲って『けいおんぶ!』の曲やってんな。全然知らんかったわ」
「披露宴であのイントロ流れてきた時は冷や汗出てきたわ!式に来てた人で俺がアニメ好きって知っている人はほとんどいないはずやったからな」
俺もそのうちの1人である。
「サプライズで余興をしようって話になった時にどうせなら、ぶち込んでやろうと僕が主導で曲を選びました」
「せやろな!絶対に犯人は知樹しかおらんと思ってたわ」
「でも嬉しかったでしょ?」
「まぁ・・・な、何故かちょっとウルっときたもん」
喜んでくれていたのなら何よりである。そう言えばこの曲がアニメの曲だという事は他のメンツは知っていたのだろうか?
「この曲が『けいおんぶ!』の曲って事は他の余興したメンバーは知ってたん?」
「知らなかったんですけど、絶対にケンさんが喜ぶからって推して、練習しているうちにみんな知ってた感じかな?よっさんはもともとベース弾けるから、音源と楽譜だけ送っておけば愛知で1人で練習しといてくれるやろの精神ですね」
雑な扱いされてるな。
「今更やけど知樹が使ってたギターってギー助じゃない?」
何か思い出したようにケンイチが知樹に質問をする。
ちなみにギー助というのはアニメ『けいおんぶ!』の主人公が作中で持っていたギターである。言われてみれば似ていたような・・・
「そうなんですよ!アニメ終わった後に思わず買っちゃいました!25万もしたんですよ!」
えぇ…『けいおんぶ!』が放映された頃ってギリギリ就職してた??いや、知樹は後輩だからまだ学生のはずだ。ヲタクの金銭感覚ぶっ壊れてるな。
「あの時もおかしいと思ってん!ヨシハルとリョーとコージはもともと楽器してたし、タカシはボーカルやから楽器いらんけど、知樹のギターはわざわざこのために買ったんかな?って」
「いやぁ学生時代にバイト代全部つぎ込んで買いました!楽器弾けないけど!ハハハ!」
何、笑ってんだよ。普通じゃねーよ。
「買った後ギターの練習しなかったん?」
ケンイチが当然の疑問をぶつける。
「もともと部屋のインテリアで考えてましたからね。ケンさんの結婚式の余興まで弾こうと考えた事なかったですね。ハハハ!」
何、笑ってんだよ。同じヲタクであるケンイチも引いてるじゃねーか。
「よっさんは『けいおんぶ!』のキャラの中で誰が一番好きなんですか?」
場が温まったと判断したのか、それとも金銭感覚ぶっ壊れ系ヲタクの自分の話を続けたくないのか、知樹が急に正統派ヲタクっぽい質問でジャブを入れてくる。
しかし望むところだ。怯む必要はない、今日はその話をする為に集まったのだ。
「俺は・・・ミオちゃんかな!黒髪ロングの見た目と清楚でシャイなキャラも良いよな!何より俺も昔ベース弾いてたから、同じベース担当で親近感沸くし・・・」
「はぁ?同じベーシストだからとか何カッコつけてんすか?」
「あぁ?好きになった理由とか自分の股間が反応したからでええやろ」
2人共、辛辣だな。
これ、対面で喋ってるから笑いながら言っているのがわかるし、冗談って通じるけど、文章だったらかなり酷い事言われてない?昨今のヲタクが攻撃的って言われているのはこういう所なんじゃないか??
「ちなみに2人はどのキャラが好きなん?」
会話のキャッチボールを続けるべく、同じ質問を2人にもしてみる。
「リッちゃんかな?明るい性格と髪を下した時のギャップが可愛い。あと部長キャラにシンパシー感じるしね」
「全員好きですけど、あえて言うならアズにゃんかな?同じ後輩キャラですし」
即座に自分達の先ほどの発言に対して手のひらを返してきた。さすがダブスタクソヲタク達である。もう清々しささえも感じる。
さてさて、このままの流れでミオちゃんの可愛いさを伝えても良いのだが、目の前の2人は俺よりも先輩である。ミオちゃんの魅力は重々承知であろう。それならばと俺は本題に入る。
「1番面白いアニメを教えて欲しいんだけど?」
温まったはずの空気が一気に緊迫したものになるのを感じる。
何かマズい質問をしてしまったか。
しかしもう立ち止まれない。話を続ける。
「けいおんぶ!は20回くらいループして見てんけど、次に違うアニメ見ようと思ってアレ見てん・・・『鬼詰の刃』」
『鬼詰の刃』・・・漫画原作のアニメで老若男女・・・幼稚園児からシニア世代にまで受け入れられ社会現象にまでなり、アニメ放映後に公開された劇場版は日本映画の興行収入の記録を塗りかえた、非ヲタだった俺でも知っている・・・いや日本国民のほぼ全てが名前くらいは知っている超有名作品である。
「なんか映画の記録を塗り替えたとかでニュースになってたし、アレが1番面白い
アニメかなっと思って見てみたんだけど、『けいおんぶ!』とは違って俺的にはビビビっとは来なかったんだよね」
「まぁそもそもジャンルが違いますしね・・・」
「面白いし、クオリティは高いけど・・・『けいおんぶ!』を気に入って次に見る作品としては、少し方向性に無茶があるかもな」
2人はうーん・・・といった表情だ。
たしかに面白くないわけではなかったが、期待していたものとは違うな・・・といった感じはあった。
「でもあれだけ日本中で人気があるって事は、見た人全員が面白い!ってなる作品かなって思ってんけど・・・」
至極当然である。暴論ではあるが一番売れたものが一番面白い理論だ。絶対ではないが、間違ってはいないはず。
「そうですね。アニメ作品としてのクオリティは僕達ヲタクを納得させる出来だった事がまず前提で、そこからカッコいい、魅力的な男性キャラが多かった事で腐女子層が食いついたのがまずは一段階・・・」
んん??どうした?知樹が急に語りだしたぞ。
「ここまでなら数年に1回くらいある『おそ松様』や、『おうたのプリンス様』でもあった、所謂大ヒットアニメってレベルなんですけど、そこから小学生、幼稚園まで広がってその親、さらにはおじいちゃんおばあちゃんまで巻き込んだのがデカいですね」
さらに知樹が続ける。
「じゃあ、なぜ小学生の間で爆発的にヒットしたか?と、言うと僕は『ワンピィス』が影響していると思うんですよね」
突然別のアニメの名前があがる。
『ワンピィス』とは週刊少年ジャンピで10年以上看板を背負っている漫画で、これもまた日本人の誰もが知っている作品だろう。
「僕達が小学生の頃って、わりと世代によって見たアニメの違いはありますが、『ドラゴンボーイ』のツルカメ破だったり、『幽霊白書』の霊弾だったり、『ドラグーンクエスト』のアバンスラッシュだったり、学校で必殺技のマネをしたり、ごっこ遊びをした作品が短いスパンで常に供給されていたんですが、ここ10年は『ワンピィス』が強過ぎて他の作品がなかなか台頭してこなかった・・・」
アバンスラッシュあったな!俺も傘を逆さまに持って振り回したぜ。
「たしかにうちの子供も小学生だけど、今から『ワンピィス』を1話から見ようとはならないもんね。逆に『ドラグーンクエスト』は今ちょうど新アニメが放送しているから息子と一緒に見てるわ」
ケンイチも申し訳程度に合いの手を入れてきた。
知樹はその合いの手を、聞いてるのか聞いてないのかわからないくらいの食い気味で話を続ける。
「そのような飢餓状態が続いている小学生達に「光の呼吸壱の型」みたいなキャッチーでマネしたくなるような作品が現れた。それで小学生・・・しかも高学年から低学年、さらには幼稚園児まで1つの作品で巻き込めたのが決定打だと思います」
「うちの子もオリジナルの呼吸とか考えてキャッキャ言うてたわ」
「闇の呼吸とか?影の呼吸とか?」
脊髄反射で思いついた技を言ってしまった。
「よっさん・・・才能ありますよ」
知樹に褒められた。褒められた・・・のか?
ケンイチはニヤニヤしながらサムズアップしている。ヲタクモードのこいつウザイな。
「そこからはさっきも言った通り、親世代おじいちゃんおばあちゃん世代を巻き込み、もともと少年ジャンピが1番好きな中高生世代も巻き込み、サブカル好きな大学生も巻き込み、俺たちみたいな深夜アニメ好きのおっさんも納得させながら、腐女子勢にも愛された事によって国民全員、全年齢層に知れ渡るアニメになったんじゃないですかね」
知樹のまくし立てるような解説が終わった。これがヲタク特有の早口といったやつか。すげーなリアルで見ると。思った以上に気持ち悪い。が、俺も見習っていきたいところだ。
「まぁ色々言いましたけど、日本人がみんな知ってて売り上げが凄かったアニメでも面白さ以外の要素が嚙み合わないと社会現象までにはならないんですよ。逆に言うと面白いだけが売れる要素じゃない」
つまりは??
「なので売れた作品がよっさんにとって、1番面白い作品にはならないかもしれないという話ですね」
長々と話してくれたが、結論はそれだったのね。
それならばと俺は2人に聞き直す。
「2人のオススメアニメは?」
「まぁジャンルにもよるかな・・・?」
「過去の名作と呼ばれる作品から手を付けていくのが鉄板で間違いないとは思いますけどね」
過去の名作か・・・
「『エバ』とか『ガンダル』とか?」
「よっさん!『エバ』はアカン!知樹に『エバ』の話を振ったら・・・」
あせったようにケンイチは口を挟もうとするが時すでに遅し。
「まず『エバ』というのはですね」
ここから知樹の独演会が約1時間続いた。
『新世紀エバンゲリオン』にはテレビシリーズ、漫画版、旧劇場版、新劇場版があり、その各々が違うストーリーを紡ぎながらもかかわりがある話。その別作品を1つ集約しつつさらに二次元の話を三次元視点から観測しようとした話。特撮的な動きを入れた戦闘シーンの話。旧約聖書の話。さらには監督のパーソナルな話まで・・・
「というワケで今から見るのはオススメしないです」
オススメせんのかい!!なんだったんだよこの時間は!
「さて本題に戻りましょうか。『けいおんぶ!』と同じジャンルというと・・・」
「女子高生がおっさんの趣味をやらされるジャンルかな」
なんだその穿った見方は??いや、ヲタク界隈ではそのようなジャンルとして確立されているのだろうか?
「そのジャンルだと釣り、麻雀、キャンプ、自転車、バイク、サバイバルゲーム、登山、筋トレ・・・数えきれないほどありますね」
「その中ならキャンプアニメの『ゆるキャンプ△』が最近1番人気だったかな!」
たしかに、最近世間でもキャンプがブームになっている印象はある。
「テレビで最近キャンプの特集とか良くみるな」
「そのキャンプブームの火付け役になったのが何を隠そうこの『ゆるキャンプ△』という作品です」
ホントにぃぃ?ヲタクが勝手に思ってるだけなんじゃないぃ??
「簡単に言うとキャンプ初心者の主人公がキャンプにハマり女子高生5人でキャンプをするアニメですね」
女子高生だけでキャンプをして危なくないんだろうか?俺に娘がいたらホテルに泊まれと言いそうだな。
「1期、2期、劇場版があって次に3期も決まったから今から見初めても絶対楽しいと思う!」
「でもその劇場版がですね・・・」
何故か知樹の顔が曇る。
「劇場版では女子高生だった主人公達が大人になっていて、社会の波にもまれながらもみんなで再び集まってキャンプ場を作ろうって話なんですよね。個人的には社会人になってしまった彼女達を見たくなかったのもあるし、それを見た後で学生時代の3期をやってもどうせ劇場版のあのみんなになるんだろ?って思って見てしまいそうで・・・劇場版は無くても良かったなって思ってしまう・・・」
なんか知樹は不満そうだな・・・
「マジか!?俺は逆に劇場版はめちゃめちゃ好き!高校時代の同級生が再び再開してみんなで苦難を乗り越えてキャンプ場を作ろうってテーマだけでもエモい作品出来そうなのに、それを思い入れのある『ゆるキャンプ△』のキャラでやった事でキャラ紹介を飛ばせる分短時間で深みのある作品に仕上がってたと思うし、『ゆるキャンプ△』本編には無かった起承転結、苦難を乗り越えるシーンもあって自分の中ではこの劇場版があった事によってまた名作と呼ばれる作品へと1つ階段を登ったと感じたわ」
逆にケンイチはめっちゃ褒める。
2人のヲタクが完全に対立してしまった。
「でも『ゆるキャンプ△』要素を抜いて、キャンプ場を自分達で作って青春時代を取り戻そうってのがテーマのオリジナルアニメ映画だとしたらちょっと薄味過ぎませんか?」
「いやいや、そこは本編では萌え要素とキャンプ知識とご当地アニメ的な魅力しかなかった作品にしっかりとした骨太エピソードが加わって、より作品の完成度が高くなったと考えて欲しいところやな」
喧嘩か?喧嘩なのか?でもなんか楽しそうやな。
そんな感じで2人がしばらくじゃれ合った後の結論としては『ゆるキャンプ△』は是非チェックすべき作品だそうだ。なんじゃそら。
「同じジャンルと言わずに、完全に同じテーマのアニメでも考えてみようか」
次はケンイチが切り出す。
「『けいおんぶ!』と同じ女子高生がバンドをするアニメですね!」
これはたしかに期待出来そうだ!
楽しい絵面がすでに脳裏に浮かぶもんな。
「有名なところだと『BangDreams!』とかかな?」
「他にも『ショウバイロック』とか、『風春』とか『天使の4P』とか・・・」
「『天使の4P』は小学生だけどね」
4Pで小学生??タイトルがヤバくないですかね・・・
それにしても、いきなりアニメタイトルがいっぱい名前が出てきたな・・・メモでも取った方がいいんだろうか。
「ただ完全に同じジャンルとなると『けいおんぶ!』が原点にして頂点と感じてしまう気持ちもあるしな・・・」
「少しジャンルをずらして女子高生と音楽にすれば『轟けユーフォニアム』とか『3月は君の嘘』とか『横道のアポロン』とか名作が多いんですけどね。」
この話・・・俺に聞かせる気が全くないな。完全に俺を置いてけぼりで話してるもん。まぁ良いだろう続けたまえ。
「ただその辺の作品になると、『けいおんぶ!』のようなキャラ萌えの要素が少ない少ないと思うんだよな。ヨシハル的にやっぱキャラには萌えたいよな?」
「お、おう」
急に話を振られた。
「それでだ・・・今ちょうどオススメしたいアニメがあるのよね」
「ですね。ケンさんがこのジャンルで話を始めた時にアレをオススメするんだろうなと気付きました」
「『ぼっち・で・ろっく!』」
2人の声はハモったようなハモってないような・・・でも2人でイエーイってハイタッチしてる。
「面白いよな!」
「ですです!バンドアニメとしての音楽のクオリティは高いし、主人公の陰キャコミュ症、自虐キャラがギャグアニメとしても面白いです」
ほう・・・どうやらこのパートは結論ありきで話が進んでいたようだ・・・ヲタクってホントめんどくさいね。
「画の崩し方とか、アニメ的な表現もめっちゃ上手いよな!」
「バンドシーンはカッコよくリアルに、ギャグシーンは等身を変えたりシンプルな作画にしつつも、動画はヌルヌル動きますもんね」
「主人公のぼっちちゃんと対比なって陽キャのキタちゃんも可愛いしね」
「キターン!」
「キターン!」
2人が謎の奇声を発しだした。
「『けいおんぶ!』よりも萌え要素少なめ、ギャグ強めって感じでしょうか」
まーた、2人だけで会話してるな・・・よーし、俺も会話に加わるぞぉ。
「ベ、ベースは・・・ベーシストはいますか?」
「います!リョウ先輩ですね!」
リョウ・・・先輩。女子高生に対しておっさんの俺たちが先輩呼び。しかし、わかるわかるぞ、これは俺にもわかる。実年齢がアニメのキャラの年を抜かしたって、いつまでも先輩だし、部長だし、ママなのだ。そういうものだ仕方がない。
「何よりも現在放映中だから、このコンテンツを今から一緒に追っかけていけるが良いと思うんだよね」
「そうですね。過去の名作を教えてもらって見るのは鉄板ですが、放映中のアニメを来週はどうなるんだろう?まさかこんな事になるとは!うーん期待してた内容と違うな・・・って同じ時間で一緒に楽しむのもアニメヲタクの醍醐味の1つだと思うので!」
「それではヨシハル君、今日帰ったら『ぼっち・で・ろっく!』をすぐチェックするように!」
ケンイチが俺に向かって突然敬礼をする。
敬礼出た!敬礼出たよ!ヲタクの得意技、敬礼出たー!
「了解であります!」
俺もビっと敬礼を返す。
知ってるんだぜ、ヲタクはこういう時に敬礼するんだろ?ネットで見たぜ!有名なやつだ!
まぁ隣の知樹は生暖かい目で俺たちを見守っていたけどね。
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