第11話

「うああああ!」


 アランは剣を腋に構えて突進する。

 アマンダはナイフを構え、アランを迎撃する体勢を取る。


「ああああああ!」


 アランは、ただ怒りに任せてアマンダに剣を突き立てる。


「えっ?」


 アランは目を見開く。

 剣を突き立てたアランを、アマンダは優しく迎い入れたのだ。

 アランが刺した剣は、彼女の腹に柄まで深々と刺さり、傷口から大量の血が流れ落ちている。

 アランは突き刺す瞬間に、アマンダが構えを解いてナイフを捨てたことに気が付いていた。

 しかし気づいた頃には遅く、勢いを殺すことが出来なかったアランは、アマンダごと壁に突き刺してしまった。


「どう、して……」

「私は、純粋なあんたを殺せない……」


 アマンダは、固まっている少年をその胸に抱きとめ、彼のさらさらな髪を優しく撫でる。アランは母親とは違う、別の温もりを感じる。


「いつからだろうね……。こうなってしまったのは。過去の過ちからは逃れられないってことかね……」

「アマンダさん……。僕は、あなたを……」

「坊や。人間はね、善悪で決めれる程、単純じゃないんだ。それが人族であれ、エルフであれ関係ない。地界も、魔界も、みんな複雑に絡み合ってる。だから―――」


 そう続けた時、彼女の口から血が流れ、瞳が虚ろになって来る。


「アマンダさん」

「だからよーく、見て来るんだ。坊ややそこの騎士様の考えが……、どれだけ、甘いのかを」

「アマンダさ―――ん!?」


 アマンダは撫でていた手を止め、唐突にアランに口づけをした。

 アランは人生で初めての口づけに、驚きと少しの欲情を抱いた。血に濡れた彼女の唇は、なぜか甘く、それでいてちょっとだけ苦かった。それはきっと彼女の愛と希望。それから自分の過去とアランへの戒めが、アランにそう感じさせたのかもしれない。

 一瞬の口づけの後、唇と唇が離れた途端にアマンダはその命を天へと還した。


「アマンダ、さん」


 アランはアマンダの胴体から剣を引き抜き、彼女の体を優しく丁寧に寝かせる。

 引き抜いた剣を携え、アランは奥へと進む。彼の後ろ、建物の外からは騒がしい声が聞こえて来ていたが、アランには聞こえていなかった。


 店の奥は小さな部屋がひとつあるだけで、そこに三人の魔界人の奴隷と、下顎から上の頭部が吹き飛んでいる大男の死体がひとつ転がっているだけだった。

 恐らく魔界人の奴隷に、そういった能力の魔眼を持っている者がいるのだろう。魔界人は白い髪色に赤い瞳、魔眼を必ず持っている。

 その魔界人の奴隷の一人が、部屋に入って来たアランを強く睨みつける。するとその奴隷の瞳の輪郭が赤く光った。

 だが何も起こらない。

 アランは無視して彼ら彼女の枷を外してやる。睨みつけた男の奴隷は狼狽えていたが、今のアランに反応する気力は無かった。


「こいつはあなた達が?」

「え、ええ。こいつがこの子に殴り掛かったので、我慢できず……」


 奴隷の内の一人が、女性の奴隷を指しながら言う。


 半ば放心状態に近いアランはそうか、とだけ発して奴隷たちと外に向かう。

 建物の外には人だかりが出来ており、町の自警団も何事かと出動していた。

 それに気づいていなかったアランは、建物内に突入して来た自警団に、奴隷たち諸共、あっという間に包囲される。


「魔人だ!」

「おい! そこの君。早くこっちに来なさい!」

「でも……」


 振り返ると奴隷たちは顔を伏せる。元からこうなることが分かっていたかのように。

 アランがどうやってこの状況を脱しようか考えていると、人込みから一人の男性が這い出てきた。


「あーすまない。ここはわたしが仕切らせて貰って良いかな?」

「誰だ、お前は」

「ん? その耳……。エルフか?」

「そう! 俺の名前はロルフ」

「ロルフ様!? ……分かりました。あんた様にこの場をお任せします。何かご要望があれば何なりと」

「うん。ありがと」


 そうして目の前に歩み出たロルフという男性は、にこやかにアランに笑いかけた。



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