第12話

「そうか……。大変だったね」


 アランはロルフと共に現場近くの宿屋に来ていた。この宿屋の一階は酒場になっており、二人はその席の一角に座っている。

 店員の女性が飲み物を出してくれる。


「どうぞ」

「ありがとうね~」

「もう! ロルフさんったら!」


 ロルフは女性店員のお尻を優しく撫でた。

 店員は少し恥ずかし気に彼の手を剥がし、厨房の方へと帰っていく。実はこの宿、花柳街にある為ロルフのような客はよく来るのだ。おまけにロルフは顔が良い。さっきの女性店員もどこか嬉しそうだった。

 現場から近い場所がこの花柳街の宿しか無いのは仕方がないが、アランはロルフに任せたことを後悔した。


「あの……」

「ああ、ごめんごめん。今回のことに関して、君に何か罰を与える事は無いよ。それから、君の希望通りあの騎士と女性の遺体はヘレーリアに移送しよう。それから君のお父さんに君の騎士の事も報告しておくよ」

「ありがとうございます」


 このロルフという男。正体はエルフの国、マレニア共和国の代表の一人で、偶然にも従者と共にヘレーリア王国へ向かっている最中だった。

 ロルフは出された飲み物を一口飲んで、話を続ける。


「それで。君はどうするんだい? デニスからのお使いも終わった君は」

「どうって……」

「このまま一人で旅を続けるのか。それともわたしと一緒に故郷に帰るか」

「僕は……」


 真剣に今後を考えているアランを余所に、ロルフは通りかかった女性店員のお尻を目で追いかける。

 その様子にアランは少しイラつく。

 ロルフはアランの気持ちの変化に気が付いて頭を下げる。


「ごめんね、ついね。長く生きていると刺激が欲しくなっちゃうんだ」

「長く……、どれくらいなんですか?」


 エルフはヒューマンに比べて長寿であるのはこの世界の常識だった。人族ヒューマンの平均寿命が八十歳前後に対して、エルフは二百歳くらいまで生きる。個体によっては三百を超える者も居る。


「わたしは今年で百五十七だ」


 アランは驚いて目を丸くする。彼の見た目は皺が出始めた、ヒューマンで言う中年くらいの見た目だった。

 今までにこやかにしていた事もあってか、とても百年以上も生きている人の容姿では無かった。

 ロルフは出された飲み物を飲み干すと、彼の顔からにこやかさが消え、真剣な面持ちになる。


「人間、生きていたら色んな事が起こる。喜びや悲しみ。出会いや別れ。今回の君の様な出来事も……。だがいつだって決めるのは自分自身だ。きっと彼も彼女もそうやって生きてきた。だから君もよく考えなさい。もし旅を続けるなら、わたしが途中まで付いて行っても良い」


 ロルフはそう言って席を立つ。

 アランは迷っていた。

 信頼できる仲間を失い、今後ひとり寂しく旅を続けるのにはハードルが高い。家に帰れば寝心地の良いベッドで寝れるし、好きな本だって読める。大好きな母と一緒に居れるし、尊敬する父の話も聞ける。兄のハンスともまた一緒に遊べるだろう。


「でも―――」


 でもそれはヨーラン達の死が無意味な事になってしまう。これは騎士として、人として決して胸を張れる事では無い。だから―――。


「ロルフさん!」


 店を出ようとしていたロルフを呼び止め、アランは決意を固める。


「僕を、マレニア共和国に連れて行ってください!」


 目的が変わってもマレニア共和国で学べることはあるはずと、アランは考えた。

 実際、エルフは魔術を扱うのが上手い。アランとは比べ物にならない程に、彼らとの差は大きい。それに比べてアランは魔術の扱いが決して上手いとは言い難い。

 なのでマレニア共和国で魔術の腕を上げるだけでも、彼には価値になると言える。

 アランの真っ直ぐな瞳を見て、ロルフはにこやかに笑う。


「分かった。なら付いておいで」


 アランの願いを承諾したロルフは、外で控えていた従者に後始末を頼む。

 するとそこにアランがやって来て一言、付け加える。


「二人の遺体と奴隷の人たちはヘレーリアに送ってください」

「良いのかい? 遺体だけならともかく、魔人を入れて」

「大丈夫……だと思います。父も、特に兄は分かってくれます」

「……分かったよ。それじゃあ、あとは頼むよ」

「ロルフ様は?」

「わたしはこの子を共和国に案内する」

「了解しました。では、お気を付けて」


 ロルフの従者は自警団の元へ向かって行った。


「それじゃあ行こうか」

「はい」


 こうしてアランは、今一度マレニア共和国へと向かった。



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