第10話

「仲間に剣を向けるのですか」

「もう仲間じゃない」

「そうですか……」


 アマンダはナイフを構えて、ヨーランに向け突進する。一方のヨーランは動かない。


「あなたがその気なら……、わたしは―――!」


***


 建物の外で待機しているアランは、中から聞こえてくる悲鳴や物音が気になって仕方が無かった。

 好奇心旺盛なアランは我慢できず、中の様子を盗み見ようと窓に近づく。

 その瞬間、建物の窓という窓が吹き飛び、扉が爆音と共に粉砕する。


「な、何事!」


 ヨーランの安否を確認する為、アランは建物に突入する。そこで見た光景に、アランは声を失う。


「ヨー……ラン……? ヨーランッ!」


 足元には血だらけで仰向けに倒れるヨーラン。そしてそれを呆然と見つめるアマンダの姿があった。

 アランは微かに息をするヨーランに駆け寄る。

 虚ろな目を向ける彼の周囲には、大量の血だまりが出来ており、彼の胴体は鎧ごと抉れ、欠損している。建物内は焼け焦げていて、建物が焼けた臭いとヨーランの飛び散った血が焦げた臭いが合わさり、謎の異臭となって充満していた。

 アランにはその異臭を感じる暇など無かった。


「ヨーランッ! ヨーランッ!」

「坊や……」

「アマンダさん! 早くヨーランを助けないと!」


 アランは持って来ていた手荷物から治癒薬を取り出すが、薬を使おうとしたアランの手を、力強く掴む手が現れる。ヨーランだ。

 ヨーランはアランの手を拒み、掠れた声で伝える。


「申し訳、ございません……。わたしは、あるじであるあなたを……、ただの子供だと、見くびっていた時期がありました……。主君を見下すなど、騎士として……、あってはならない事。どうか……騎士として恥ずべきわたしを……」

「もう良いッ! だから大人しくしてくれ……」

「アラン様……」


 アランの手を握っていた手が。強く硬く握っていた騎士の手が、柔らかく優しくなった。


「あなたは変わった……。変われる。あなたは、あなたの信じるものを……、貫きなさい」


 その言葉を最後に、騎士の手は床に落ちた。


「最後まであるじを信じた。その末路がこれだよ、坊や」


 アランの澄んだ淡青色の瞳から、透明な液体がヨーランの顔にポツリポツリと落ちる。アランから零れたそれは、遠くを見ている騎士の頬に付いている煤を洗い流す。

 ふとアランは、ヨーランが持っていた剣を視界に捉える。彼の剣は鞘から引き抜かれていなかった。すなわちヨーランは最後までアマンダを仲間だと信じた。主君であるアランを信じた。


「僕は……間違っていたのか……」


 しかしアランは気づいていない。

 彼はあるじを信じたいが為に盲目的になったのではない。アランのこれまでの一連の行動が、決して最適では無いことはヨーランが一番分かっていた。けれどもアランは善意によって行動した。主君が信じた道を、敢えて先に行くことであるじに学んで貰おうとした。その善意が正しいか正しくないのかを。

 結果、アランの善意はアラン自身に牙を向けた。だがそれで良い。ヨーランは最初から、自分の命すらも一人の少年の成長の糧にしようと考えていた。これでアランが学んでくれればそれで良い。

 誉れを信じ、悪を正す。これは彼が信じた道だった。

 例え、正すべき悪が善意からであろうと。例え、正すべき相手が自分が仕えている人物であろうと。主人を信じ、主人を正しい方向に導く。それを騎士の誉れと信じ、貫いてきた。

 しかし、アランがこれを理解するには、まだもう少し年月が必要だった。


「何故……、どうしてッ! アマンダさん!」

「アラン君。だから君は坊やなんだよ……」


 アランはその言葉の意味を理解出来なかった。けれども彼女が自分の大切な物を奪ったことには変わりない。

 頭に血が上ったアランは、腰に差した剣を引き抜いた。そして引き抜いた剣をアマンダへと向ける。


「来な。坊や。この奥には魔人の人質がいる。そいつらを助けたくば、この私を倒してから行きなッ!」

「うわああああああ!」


 この日、アランは初めて人を殺した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る