第8話

 周囲が赤く染まり始めた夕暮れ時。

 町を存分に回り楽しんだアマンダとアランは、噴水でヨーランと合流して宿屋に向かっていた。


「ねぇ聞いた? 魔人がこの町に運び込まれたって」

「えーこわーい」

「なんでも奴隷として働かせるために、奴隷商人が持ち運んで来たって」


 すれ違った女性たちからそんな話が聞こえてくる。


「ヨーラン。あの人たち魔界の人たちを奴隷にするとかって……」

「ええ。魔人は大抵、この地界へのスパイとして送り込まれた魔王の手下です。彼らにはこの地での人権なぞ、ありません」

「でも、かわいそうだ」

「アラン様。あなたにはこの問題はまだ早い。個人の感情では解決しないのです。さて着きましたぞ」


 ヨーランが用意した宿屋は、三階建ての普通の建物だった。

 アランが建物を見上げている時だった。アラン達の後ろをフード付きのローブを深く被った一団が通り過ぎた。

 ローブの人たちは三人。その人それぞれに手足に枷が付けられ、それを引っ張るやたらがたいの良い男が先頭を行く。

 アランはその人たちを盗み見て気が付く。


(白い髪色に赤い瞳……。魔界の人たちか?)

「アラン様」

「な、なに?」

「あまり見ない方が良い……」


 どうやらヨーランは、アランが魔界の奴隷を盗み見ていたのに気が付いていたようだ。


「入りましょう。部屋は既に二部屋取っています。ささっ!」

「う、うん……」

「おっ! 気が利くじゃない、騎士様。けど、どうしてもって事なら一緒に寝ても良いわよ?」

「アマンダ殿、あまり調子に乗らないでください」

「つれないな~」


 ヨーランには釘を刺されたが、どうしてもアランは奴隷たちが気になって仕方が無かった。

 昔読んでいた英雄の本。その主人公の英雄カロタリウスは地界、魔界関係なく自らの剣を人々の為に振るった。アランは彼ら魔界人が、世間が思っているほど悪い人たちとは思っていなかった。

 しかしアランが思っている程、世界は甘くない。

 約四千年前、神々の間で争いが起きた。次第にそれは信者である人間にまで影響し、世界は大きく二つの勢力に分かれた。それが神間戦争。そしてその戦争終結後、好き放題暴れた神々は神界へと送還された。

 だが皮肉な事に、神々が居なくなっても神の力は無くならなかった。人々に植え付けられた戦いの感覚。憎しみは憎しみを生み、その憎しみは方向を変え地界と魔界の対立に繋がった。

 この四千年の返り血を洗い流すには、純粋で優しい水では駄目なのだ。それをアランはまだ分かっていなかった。


 夜、町が眠りにつくいた頃。一人の女が宿屋から抜け出す。

 宿屋を抜け出した女は、近くの路地裏に行き闇に向かって話し出す。


「何用だい?」

「久しいじゃないか、アマンダ」


 路地裏の闇から現れた大男は、宿屋に入るときに見かけた奴隷を引き連れていた男だ。

 アマンダは腰のナイフに手を掛けながら話す。その様子を見て大男は笑う。


「ハハハ、相変わらずだなお前は」

「用はなんだい」

「そう急かすな。それに用があるのはそちらだろ?」


 その言葉に、アマンダは更に警戒を強める。


「この町に戻って来たってことは、また俺と一緒に仕事をするってことだろ?」

「誰があんたと……」

「いいのか? 新しい仲間がどうなっても。それに過去の事をばらされたくなければ……手伝うよな?」

「……クズが」


 アマンダはナイフから手を離し、大男と一緒に闇へと消えて行った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る