第5話

「本当に、行くんだな?」

「はい」


 アランが小さな冒険をしてから五年後、十五歳となったアランは修行の旅に出ることを父に告げていた。


「分かった。荷物の準備はこちらでやろう。旅の供としてはヨーランを連れて行くと良い」

「はい。ありがとうございます、父上」


 父親に挨拶を済ませたアランは、次いで兄のハンスの部屋へと向かった。

 ハンスの部屋の扉をノックすると、少しの間の後に返事が聞こえる。


「来たのか、アラン。意外と早かったな」

「うん。父上には前々からそういう話はしていたから……」

「じゃあ、後は母上が問題だな」


 ハンスは書類を書く手を止め、そう言いながら笑いかける。対してアランは苦笑いで返す。

 と言うのも、母親のヴィオラはデニス以上の重度の親バカで、十八歳にもなったハンスに未だに『一緒にお風呂に入ろう♪』と言っている始末だ。

 きっと自分が家を出ていくという話をしたら、泣き付かれそうだなとアランは考える。


「それはどうにかするよ。それより、話って?」

「ん? いや、特にこれと言って話すことは無いんだ」

「じゃあ、どうして呼びつけたの?」

「何だか……、お前が遠くに行く前に話しときたいと思ってな」


 ハンスは紅茶を差し出しながら言う。


「ほら、こうして兄弟水入らずで話すなんて最近無かったろ?」

「それもそうだね。兄さんはもう、父上の手伝いをしてるもんね……すごいよ……」


 アランはここ最近、兄のハンスに対して少し劣等感を感じていた。いち領主として目に見えて成長している兄に反して、自分は子供の頃の夢をまだ追いかけようとしていると。そう思っていた。

 しかし、ハンスはアランのそんな気持ちを知ってか知らずか、こう言葉を続ける。


「そう思うか? だったら嬉しい限りだな。兄としての威厳を示すことが出来たんだ。兄貴としてそれ以上に嬉しい誉め言葉は無いな」


 ハンスは文字通り胸を張ってそう言った。弟を見下す事無く、むしろその弟に相応しい兄になれるように努力していたと知り、アランは胸を打たれる。


「俺はな。ずっとお前の事が羨ましいと思っていた。次男という立場もあるけど、それでも自分の好きな事をしているお前が羨ましかった。……お前はいつか、何か大きな事を成し遂げる。」

「兄さん、それはさすがに僕を過剰評価し過ぎだよ」

「いや。分かるんだよ、兄弟の勘……とでも言うのか? とにかく、お前なら立派な騎士になれるよ。だからお前が何かを成した時には、大々的に公言しようと思う。俺があいつの兄だって。だから兄として相応しくあろうと頑張るよ」

「兄さん……。僕、絶対帰って来る! 立派な騎士になって、世界で一番の騎士になって帰って来るよ!」

「ああ。待ってるよ」


 そうしてアランは、ハンスと一頻り談笑した後、自室に戻って旅の支度を始める。それは夜遅くまで掛かり、アランが眠ったベッドには、もう母親の姿は無かった。


***


 翌朝、必要最低限の食料と金、衣服をまとめた荷物を片手に屋敷の門へと向かう。門前には既に支度を済ませていたヨーランと、見送りに来たデニスとヴィオラ、それからハンスが待っていた。


「アラァァァン!」

「は、母上! 抱きつくのはやめてください! 鼻水が、というかもう色々出てます!」

「ヴィオラ、落ち着きなさい」

「だって! だって、あなた!」


 駄々をこねる子供のように泣きじゃくる母を余所に、アランは門をくぐって外に出る。


「では父上、母上。それから兄上。行ってきます」

「行ってらっしゃい」

「体には気を付けろよ」

「アラァァァァァン! 早く帰って来てねぇぇぇ! 絶対よぉぉぉぉ!」


 こうしてアランとお供のヨーランは、生まれ育った故郷を出て旅に出た。


***


『本当ノ強キ者トハ、剛力ノ持チ主デモ、剣術ノ達者デモ、マシテヤ魔術ノ熟練者ナドデハ無イ。決シテ折レヌ信念ヲ持ツ者コソガ真ノ強者ダ。』———ミーティオル神典 序章<クラフトスの言葉>より―――



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