第4話
同日、夜。眠れないアランは、自室を抜け出してデニスの部屋に向かっていた。
(またお父様に英雄のお話をしてもらおう……)
アランが父親の部屋の前に辿り着き、扉をノックしようとすると、中から話し声が聞こえてきた。
好奇心に駆られたアランは、ノックするのを止めて盗み聞きをする事にした。
「———それで、どうでしょう? デニス様はどのように思われますか?」
「どうって……、私は息子たちが、らしく生きてくれればそれで良いのだが……」
声からして、デニスとヨーランのようだ。
「しかしハンス様はともかく、アラン様はもう少し世間を知ってもらった方が……。それにいい加減、親離れしていただかないと。お二人も、我が子がかわいいのは分かりますが、子離れをしてください。ヴィオラ様は特に」
「しかしなぁ……」
「可愛い子には旅をさせろです。アラン様は、デニス様とヴィオラ様に依存し過ぎです。アラン様の夢の為にも、少し環境を変えるべきでは?」
「………分かった。考えておこう。それと、最近この近くの森で悪魔らしきものの目撃情報があるが、それはどうなっている?」
「はい。調査の結果、痕跡からしてクラーブスに間違いないかと。国の方には討伐隊を要請して―――」
この会話を聞いて、アランはその場を駆け出した。後ろから騒がしい声と扉を開ける音が聞こえたが、アランは振り向くことなく屋敷の出口を目指す。
アランの脳内では、ヨーランの言葉が何度も繰り返されている。
(依存し過ぎ……、ヨーランの言う通りだ。僕はお母様を、家族を護りたいと思ってた。立派な騎士となってみんなと平和に暮らしたいと。なのに何だ! 今の自分はとても騎士になれる人間じゃない。その証拠に、今日もお母様と一緒にお風呂に入り、ベッドに寝かしつけてもらい、挙句の果てには、寝れないからと言ってお父様に構ってもらおうとしていた)
「情けない……」
アランは屋敷近くの森に来た。先ほどの二人の会話ではここにクラーブスが居る。今まで甘えていた自分への戒めとして、ここに居るクラーブスを討伐して、両親やヨーランに認めてもらおうと考えていた。
屋敷を出るときに携えた本物の剣を握り、アランは森の奥へと進む。すると、目の前にいきなり池が現れた。
見たことのない景色に、アランは息を飲む。
満月に照らされた木々は、青色に浮き上がり、池の上では虫たちが光を出しながら舞っている。揺れる事無い池に月光が降り注ぎ、快晴の夜空を映し出す水面はまるで足元の空だ。そのもう一つの空には満月が落ちていて、実物よりも近くに感じられる。
池を見渡していたアランは、ほとりに白い花を見つける。ユリの様なそれは、月夜の中でとても目立ち、純白の花弁が月の光を反射して、あたかも花自身が光っているようだった。
その花を観察しようと近づくと、近づいた風圧だけで花びらが散ってしまう。
「あっ……」
散った花びらが風の無い空を舞い、ほとんどが池に着水する。
惜しいことをしてしまったと思っていると、散った花びらの一枚が森の木々を縫って奥へと消えていく。それを目で追うと、花びらが向かった方角から小枝を踏みつける音が聞こえてきた。
アランは慌てて剣を抜き、体勢を整える。そして月明かりに照らされて姿を現したのは、案の定クラーブスだ。
クラーブスは、アランを見つけると気色悪い叫び声を挙げて襲い掛かる。
振り下ろされた爪を弾き返し、クラーブスの片足を切り落とす。アランは立てなくなったクラーブスに止めを刺すと、悦に浸る。
「やった……、僕でも倒せた!」
しかし喜ぶのも束の間、アランの背後から忍び寄ったもう一匹のクラーブスが飛び掛かって来る。間一髪、反応したアランはクラーブスの胴体に剣を突き刺す。クラーブスは胴体に剣を突き刺され絶命する。
だが不注意な事に、体重をかけた足が池にずり落ちる。絶命したクラーブスに押され、アランは池に落ちてしまう。
アランは泳ぎが苦手では無いのだが、服を着ているせいで上手く水面に上がることが出来ない。
(苦しッ……誰か……助けて)
体が沈んでいく中、歪んだ月が浮かぶ水面にもがきながら手を伸ばす。
すると不思議な事に、水底から何かに押される。背中に感じる感覚は人の手に近い。なのに人の体温は感じられない。
謎の力に軽い恐怖を感じながらも、水面へと泳ぐ。背中を誰かに押されたおかげか、もう少しで岸に手を掛けられる。
だが限界だった。子供の肺活量ではもう息が続かなかった。
アランの意識が薄れていく途中、水面から伸ばしていた手が掴まれた。
「アラン! アラン大丈夫か! アランッ!」
デニスの声に、アランは危うく飛びかけていた意識を覚醒させる。
「お父様……」
「良かった! 怪我は……無いな。すぐに体を温めよう。ヨーラン、屋敷に戻ってお湯とタオルの用意を」
「お父様……僕……やったよ。だから……心配しないで……」
「アラン、まさか……お前。」
デニスは我が子を抱えて屋敷へ急ぐ。息子の小さな冒険に、心の中で拍手を送りながら。
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