第3話

 絶界の悪魔との邂逅から三年後、アランは十才になり、ある目標を掲げていた。


「いてて……」

「まだ動きに無駄があり過ぎます」


 屋敷の中庭で尻もちを突いているアランに、ヨーランが手を差し伸べる。

 アランは今、騎士になる為にヨーランの元で剣術の修行に励んでいるところだ。

 アランが騎士を目指す理由は、三年前の出来事で母親であるヴィオラを守れなかった罪悪感と無力感。それと助けてくれたヨーランを見て、騎士という存在に憧れたことが原因だ。


「ほんと、ヨーランは手加減してくれないな」

「当たり前です。訓練で手を抜いていては、もしもの時に全力を出せませんからね」


 アランはヨーランの手を借りながら起き上がり、近くに落ちている木剣を拾い上げる。

 アランは木剣を、目の前の中年の騎士に対して構える。


「やあああッ!」


 アランの斬り下ろしにヨーランは、真横からの斬り払いでアランの剣を弾く。剣を弾かれたアランは、すかさず逆袈裟に斬り込む。ヨーランはその攻撃に対して、剣を振り抜いて再び弾く。

 むきになったアランは、眉間・喉元・胸への突き三段。そこから左斬り上げ、正面斬り下ろしと続ける。

 一方のヨーランは、三段突きを剣の腹で正確に受け止め、斬り上げは間合いを上手く取ることで、鼻先を掠めながらもやり過ごす。

 ヨーランは、上段から振り下ろされた剣を受け止めながら話しかける。


「狙いは良い。だが、その足さばきでは次が出ませんぞ!」


 アランは右手を前に両手で剣を握っているのだが、今アランは右足を出しながら振り下ろしを行った。動きとして間違ってはいない。だがヨーランが下がったことで大きく踏み込み、且つ体重を過剰に剣に乗せている為、体が前傾姿勢になっているのだ。

 その為、ヨーランが剣を往なし体をアランの左側に移動させると、自ずと力の行き場所を失ったアランの体は、前へと躓きかける。

 そのよろめく背中に、ヨーランは容赦無く剣を打ち込む。


「うぎゃッ!」


 情けない声と共に倒れ伏したあるじを見下ろしながら、ヨーランは剣を収める。


「ふぅ、今日はこれくらいにしましょう」

「はいぃ……」

(やっと終わった~~)


 アランが喜ぶのも束の間、中庭に修道服のおばあさんがやって来る。


「アラン様ー」

「げっ! もう来た……。もう少し休ませてよ……」


 文句を言うアランに、ヨーランが喝を入れる。


「アラン様。騎士を目指されているのでしょう?」

「そうだけど……」

「剣術だけでなく、魔術も必要になります。さあ、立ってください」

「むぅ~、分かったよ」


 アランは額の汗を拭いながら渋々、修道服のおばあさんの元へと向かって行く。ヨーランはその背中を、少しばかり嫌悪な表情で見つめる。

 ヨーランの内心には、アランへの不安とオールソン家の未来への危惧がある。

 領地の統治に積極的な兄のハンス。対して、十才になっても未だ子供っぽいアラン。長男のハンスが、しっかりとオールソン家を継いでくれる事が分かっているのが、まだ救いだ。しかし、そのハンスもアランに毒されて領主としての責務を疎かにされては困ると、ヨーランは考えている。

 とはいえ、ヨーランもその一族も長年オールソン家に仕えてきた。アランが一歩間違えれば一家の汚点となってもおかしくない。だからと言って、主君の一人であるアランを蔑ろにするのは、仕える騎士としてあってはならない事と分かっている。ならば一層の事、自分が彼を彼自身の願いである騎士に、立派に育ててやれば良い。

 その為には、旅に出るのが良いだろう。世界を知り、苦難を乗り越えれば騎士として、人として成長するだろう。おまけに、兄弟の仲が物理的に距離が開けば、お互い干渉し合う事無くより良い環境で大人になれる。


「可愛い子には旅をさせろ、か……」


 ヨーランは、自身の内で組み立てたな教育計画に嫌悪感を抱く。それは、彼ら兄弟が互いの事を認め合い、慕っているのを知っているからだ。

 家族として、兄弟として彼らを育てるのか、領主の息子として育てるのか……。

 仕えている身の自分なら、選ぶなら後者だ。しかし―――。


「デニス様……、あなたはどういうご決断をされるのですか?……」



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