男がいた

 一時、眠れなかったときがあったんだ。

 普通なら布団に入れば眠れるだろう。だけど僕の場合は眠ることができなかった。

 ある日のこと、いつものように眠ろうと布団の中に潜った。すると、誰かが立っているかのような気がしたんだ。電気を切っているから暗くて姿も性別もわからないはずなのに。なぜかそのときは男の人だと思ったんだ。その男の人はずっとぼくを見つめていて、なにかするのでもなく、ただじっと眺めていた。小鳥がさえずりだす朝方になるとふわっとまるであたかたもいなかったかのように姿は見えなくなっていた。

 それからしばらく男の人が布団のすぐ横に突っ立っていた。なぜかわからないが目を瞑っているのにそこに男がいると分かった。そして、目を開けると姿は見えない。それは部屋の電気をつけていたにも関わらず目では見えず、目を瞑ると見えるという奇妙な感覚だった。

 ある日、猛烈な眠りに誘われ早めに寝たことがあった。その日も男の人が布団の横で立っていた。「ああ、またか」と思っていると、男がゆっくりとこちらへ近づいてくるのが分かった。鼻息が目と鼻の先まで近づいてきたんだ。怖いというよりも何故と思った。ずっと見つめていたのに、なぜ今になって近づいてきたのか。深く眠ろうとする意志となぜそこにいるのかという疑問が交差する中、ある違和感を覚えた。

 体が動かないのだ。指先も唇も動かない。まるで何かが身体を覆うようにして動けないようにしているみたいだった。しだいに息が苦しくなっていく。誰かが首を絞めつけている。ぼくは声を出すこともなく、動くこともできない。目を開ける事さえできない。そうして、なすすべもなく首を絞められている。死んだなと思った。

 ハッと目が覚め起き上がった。体がびっしょり濡れている。部屋の灯りをつけたままにしていたにもかかわらず灯りが消えていた。

 そして一番怖かったのは鏡を見たとき、首にくっきりと手の跡が残っていた。

 この話はちょうど一年前の出来事です。おそらく倉庫系の会社に勤めていたときに拾ってきたのか、帰り際に立ち寄った神社から拾ってきてしまったのか定かではないのですが、これよりもいくつか不思議なことに遭遇することになるとは、このときは想いもしなかった。

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