クローゼット
古くてボロ屋だったアパートを借りることとなった夫婦は、引っ越しの荷物を片付けているとき、ふと違和感を覚えた。そのアパートにはクローゼットが各部屋に必ずひとつついてきているのだが、なぜか夫婦が住むことなった部屋にはクローゼットが二つあった。最初はラッキーと思って使っていたのだが、使って数日ほどして不思議なことが起きた。
「あれ? 濡れている」
まるで水漏れでもあったかのようにクローゼットに置いてあった荷物が濡れてしまっていた。雨漏りしているのではないかと天井を見上げるが濡れてもいない。
帰ってきた夫に話しを聞いて見ると、もしかしたら上の住民がなにかをこぼしたのかもしれないといい、明日聞いて見ようと言った。
次の日、上の階へいくと住人はいない様子で代わりに隣にいた住民が「あ、そこは半年前から空き家ですよ」というのだ。どうやら隣の部屋は半年前に引っ越すまで誰も住んでいなかったらしい。不思議だねと首を傾げながら、夫婦は新しい住居へと戻っていった。
それから数日後のこと。また上の階から水漏れがあったのか床が濡れていた。おかしいと思いながらも拭き掃除をしていると、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。私がドアを開けると誰もいない。おかしいなと思って玄関の戸を閉めると、突然ギィィイイと音が鳴り響いた。
クローゼットが勝手に開いたのだ。そしてタラタラと水のような黒い液体が広がっていくのが見えた。
「きゃあああ!!」
悲鳴を上げると、クローゼットは勝手に閉まり、私は夫が帰ってくるまでは気を失ってしまっていた。
私のことを案じてか、それともあのクローゼットのことなのか夫はすぐに引っ越そうと念入りに準備していたのだ。私が病院から退院するころにはもう引っ越しの作業に取り掛かっていた。
退院したばかりだから無理するなと夫に言われるも少しでも動いていないとやるせないって気持ちもあり、私は積極的に荷造りを手伝った。夫は「入院中にやっておけばよかったよ」と苦笑いしながら言っていたが、私にはどうしてもそう思えなかった。
きっと夫は怖かったんだと思う。あんなことがあった後だし、なにより早く出て行きたいとも思っていたから。引っ越し業者に後を任せて鍵をかけて部屋から出ようとしたときだった。
「サビシイ」とかすかに聞こえたような気がした。
それからそのアパートはどうなったのかはわからない。あのクローゼットは何だったのか何があったのかはわからない。ただ、わからない方がいいと思う。たぶんだけど、知ってしまったら後戻りができないような気がするから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます