最終章 少年魂よ永遠に!

第28話

 病院前のロータリー。父が運転する車の助手席に、柚希は黙って乗り込んだ。

「響子さんから詳しいことは聞いています。今日は疲れたでしょう」

 父の言葉に、柚希は沈黙で返す。

「まさか、椎名さん一家があんな実情だったとは、私も電話口で聞いたときには何かの冗談だと思いましたから」

 父は、その父、柚希からすると祖父がヒーローとして活躍していた経歴を持つため、柚希の活動に関しても一定の理解を持っていた。

 学業に差支えがない範囲であれば、と。

「ですが、そろそろ母さんも耐えきれないようです」

 柚希にとって最大の障害は、母であった。

 柚希の母は怪人やヒーロー、ましてや命を張るような荒事に関し無縁な生き方をした、一般的人だ。

 そんな彼女が、柚希がヒーローとして戦い、命を賭して怪人を倒していると知ればどのような反応を示すか。考えずともわかっていたことだった。

 今までも、何度も柚希の活動に反対しては親子喧嘩を繰り広げてきた。そのたびに父親が味方となり両者をなだめていた。

「さすがに、私も今回ばかりは母さんに賛成です。もちろん柚希の思いも、分からないわけではありません。私もかつては父さんにあこがれた。ヒーローとして、戦いたいと思ったこともあります」

 ですが、と柚希の父はハンドルを強く握る。

「家族を持ってしまえば、そんな考えはすぐになくなりました。家族を置いて、悲しませてまで夢を追いかけるほど、子供ではいられない。柚希、あなたもわかるでしょう。いや、分かってほしい」

 柚希はただ、沈黙で返した。




「ごめんなさいね、要ちゃん」

「え?」

 ガシャーンと冷たい音を立ててつけられた金属製の手枷。

 あれよあれよという間に病院から西部動物公園内の怪人対策室施設に連れてこられた要は、自由を奪われた。施設内にははこのような拘束具も完備されているらしい。

 よよよ、と目頭を押さえる博士。

「あなたのお母さまが怪人であることが判明した以上、自由にさせておくわけにはいかないのよ」

「か、要をどうするつもりですかっ」

 充は要を助け出そうとする。しかし母である慈に止められてしまった。

「一時的な拘束だ」

「で、でも、要は怪人なんかじゃないです!こんな拘束、必要ないじゃないですか!」

「ええ、そうね」

 博士はとっくに泣きまねをやめていた。

「この子が少し特殊な、怪人と人間の間に生まれた子供であることは、よーく知っているわ」

「そ、そんな。全部、知ってたんですか?」

 博士は髪をかき上げる。

「要ちゃんがヒーローになったことは、まったくの偶然よ。あのヒーローショーだって、四号と掛け合わせるための人材を探すためのもの。でも、そのあと、要ちゃんをじっくり調べることができたもの。とはいえ、一番調べたい母親と父親が不在だったのだけれど」

 きれいにアイラインが引かれた目をゆがませた。

「怪人の胎内で育てられた子供。その肉体と精神の不変性。柴田先輩の情報提供は、最後のピースになってくれたわ」

 その目に、充はぞわりと悪寒が走る。

 ヒーローとして活動しはじめ約半年、少ないとはいえいろいろな怪人を相手にした。しかし、博士のもつ目は今までのそれは異なる。

 もっと深く、極彩色の感情を煮詰めたような黒。

 しかし充は震える膝を、柚希がいない今、いや、いないからこそ自らの力で支えた。

「だとしても、それが、要を拘束する理由には、ならない、です」

 博士をにらみつける。

 博士はその目を、まるで仔リスを眺めるかのように見つめ返した。

「理由なんて、どうでもいいのよ。だって、いくら怪人でも、子供は見捨てられないでしょ?」

 「外道が!」と柚希がいればそう返していたかもしれない。充は黙ってガジェットを構えた。

 しかし変身するよりも早く、突き付けられた銃口。

「つっ」

 慈が腕だけを変身させ、作り出した拳銃を向ける。

「こっからは大人の時間だ」

 変身特有の発光は見られなかった。

 ダークポリスが器用、と呼ばれる所以はそこにある。慈は変身にかかわるエネルギーを自在に操ることでその浪費を抑え、発光を伴わない変身や、意図的に肉体だけの変身、日単位の長時間の変身を可能にしている。

 そのような熟練の力の前に充は、しかしはねのけようとした。

 パンッ!

 響く銃声。

「充!」

 倒れる充を慈は回収する。

「空砲だ。撃ってねえよ」

 血が流れる様子はない。脳を震盪させられ気絶した充を肩に背負い、慈は姿を消す。


「要ちゃんは本当にいい子ね」

「いっ」

 博士はネイルの整えられた指で、要の髪を掴む。

 そのまま細腕であるにもかかわらず、要を引きずった。数本、頭髪の抜ける音が要の耳に届く。

「でも、ヒーローごっこはここまで。どう?一人になった気分は」

 博士は要を見ることはなかった。

「私も、慈も、湊だって、あなたのお母さんたちに十一年前からその孤独を味合わされた」

 ずんずんと進む。

「十一年前、怪人対策室と怪人王との二度目の決戦の日。あの日私たちは多くのものを失った」

 要は抵抗するが、引きずる力は強まる。

「慈は夫であるルナアタック、稲垣翔真を。分からないでしょうから明言すると、ルナアタックは充くんのお父さんでもあるの。あなたのお母さまは充くんのお父さんを奪ったのよ」

 そのあと充くんの家庭がどうなったか、知っているでしょう、と博士は乾いた笑いを含んだ声で語る。

「柴田アスカはご両親を。柴田室長にとっては息子夫婦。柴田室長は絶望したでしょうね、怨敵の娘が後輩たちの息子と幼馴染だなんて。よく暴挙に出なかったわ。いえ、出れなかったのかしら。あなたの元には厄介な兄と犬がいたのだし」

 要は抵抗を弱める。

「右京先輩は、娘と孫を。あの人がヒーローをやめた理由を失ったの。私は彼があなたとお友達だと知ったとき、復讐のために近づいたと思っていたわ。まさかあんな平和主義が口からこぼれるなんて。痴ほうに入ってるんじゃないかしら」

 要は拘束された腕で博士の腕を叩く。

「柚希くん一家はお爺様を。柚希くんの祖父よ。彼はお爺様にあこがれてヒーローをやっているの。もう少しで退職し、息子夫婦と孫と一緒に、穏やかな隠居生活を送るはずだった」

 博士は立ち止まる。外へと続く扉が開いた。外の光に目がくらむ。

 そこから鉄の匂いと、聞きなれた声が名を呼んだ。

「かな、め」


「兄貴!」

 兄、アゲハが血だまりの中で倒れていた。

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