第29話

 血を流したアゲハ。

 いく本もの鉄矢がアゲハの体を貫き、足を地面に縫い付けている。

「兄貴!うぐっ」

 駆け寄ろうとするも、博士の肘打ちが要の背を襲い、地面に倒れる。

「ねえ、要ちゃん。あなたは、あなたたち一家は、あまりにも多くの犠牲をむさぼりすぎたの。どうして、こんなにも不幸な人間に囲まれながら、あなたは笑顔でいられるのかしら」

 博士の目が冷たく要を貫いた。

「黙れ!お前たちの不幸などそんなもの、俺たちの家庭に持ち込むな!」

 アゲハが叫ぶ。

「待っていろ要。今!」

 自身を縫い付ける鉄矢から、アゲハは肉体を引きちぎるように抜け出そうとする。

「がっ」

 しかしそれを許さないと、飛来した鉄矢はアゲハの頸椎を貫いた。致命傷であるはずのその攻撃に、しかしアゲハは動きを止めない。

「あ、ああああぁぁぁあ!!」

 貫通の拘束から抜け出し、博士へと足を踏み込む。驚異的な脚力がアゲハを博士の眼前へと運んだ。

「あ゛ッ」

 強い発光。アゲハの体に指先が触れる。

 肉が、爆ぜた。

「兄貴ィ!!!」

 びちちッ、と要の目の前に肉片が飛ぶ。ぴくぴくと蠢いていたそれは、すぐに動かなくなった。

「さすがは怪人一家ね」

 低い声が嘲笑した。要は肉片から、変身し男となった博士の腕に摑まれるそれに、目を向ける。

「怪人コドク。三体目のイド・ロゴス。そんなものを兄にするなんて」

 掴まれたそれは、虫のようだった。

 まるで人間の脳から脊椎を、外骨格で保護したかのような黒い生物。脊椎に見える細長い胴はびくびくっと跳ね、無数の小さな脚がうごめいていた。

「気持ち悪い」

 外骨格内の肉がボコりと膨張する。博士は掴んでいたそれを地面に捨てた。

「兄貴ッ!」

 駆け寄る要。苦し気にうごめく兄を前におろおろと泣きそうになる。

「私がもつ、能力は治癒」

 博士は一回りも大きくなり、角ばった細長い指を滑らかに動かす。

「細胞の機能を操り、怪我や病気の治療に当てる。けれど正常と異常は表裏一体。私の力を使えば、意図的に癌化させることだってできるの」

 要は見上げた。

「いかがかしら、末期の苦しみで大切な人が奪われる気持ちは?」

 博士の、洞のようなその目。

 要は歯を嚙み締める。激しい歯ぎしりが響く。

「おまえは!」

 怒りに言葉を失う。

 反撃に立ち上がる要に、博士は指先を伸ばす。触れようとした瞬間、黒い影が遮った。

「ぅおん」

 黒い犬が、赤い中身を見せる。

 そこから、大柄な男が吐き出された。

「湊!」

 突如現れた熱田に、博士は攻撃の手を納める。唾液だらけの拘束された熱田を受け止めきれず、共倒れで地面にぶつかった。

「タロ!」

 要は愛犬の名を叫ぶ。

「タロ、逃げよう!」

 その声に応えるようにタロは要がかばっていたアゲハを咥え逃げ出そうとする。

 しかしその体を鉄矢が貫いた。

「タロっ゛うっ」

 更に飛来した鉄矢が要の横腹に刺さる。

「逃がすわけないじゃない」

 博士が、遠くから鉄矢を構えた慈に、手振りで指示を出した。さらに複数の鉄矢がタロを地面に縫い付ける。

「たったろっ」

「人のまねごとをした怪人化け物め、この程度では死なないでしょう」

 地面に伏す犬と少女に、博士は冷たく言い放つ。

「やめろ響子!」

 猿轡を外した熱田が叫んだ。

「こんなものはヒーローの行動じゃない!復讐だ!」

「まさに復讐をやっているのよ!」

 博士は一蹴する。

「これはチャンスなの、怪人を抹殺する、私たちの心を救う、絶好のチャンス」

 止めようと叫ぶ熱田を無視し、博士は要に触れようとする。


「あらぁ」


 ぐずり、とナニカが笑む。

 博士の指が、ひしゃげた。

「あっああっっっ」

 指がめちゃくちゃな方向を向き、見えない力でねじ曲がった腕。博士は喉の奥から叫びをあげる。

「響子!」

 力任せに拘束を引きちぎり駆け寄ろうとした熱田。

 だが、動けなかった。

 一歩踏み出した瞬間。本能が恐怖し、脳の奥からの指令に、肉体が動きを止める。

 空気が泥のように重い。

「あらあらあらあら、かわいそうに、どうしてしまったのかしら、私のかわいい子は」

 その、日常的な女性の声に、博士は痛みとは異なる感情から脂汗を垂らした。

「まあまあまあまあ、随分とお世話になってしまったみたいね、私のかわいい子が」

 見下ろすように、一人の女性が立っていた。

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