第11話

「足りているかい?カレーも注文したからね」

「わーい!」

 右京が要に持ってきたカレーにはカツが乗っている。

「カツカレー!」

 満腹を知らない要は、注文した食事を平らげたのにもかかわらず喜び飛び跳ねた。よく中身が出ないものだ。

「いっただっきまーす」

 しっかり食事の挨拶をし、スプーンを伸ばしたカレーが、爆発した。

「「要!」」

「かつかれー……」

 要は爆発した残骸を浴びながらしゅんとする。

「おいしい……」

「食べるななめるな」

「あ、あとで買ってあげるから」

 顔にかかった分を舐める要を止める。


「響子!」

「ええ、怪人よ」

 タブレットを手に博士が警告を出した。

 研究室のオペレーターから情報は得ているが、そんなもの見ずとも、目の前に生の情報が暴れている。

「フハハハハハッ我が名は怪人リアジュウバクハツシロ!プールで暴れるリア充ども!この私が木っ端にしてやる!」

 どんどこ、とそこかしこで爆発が起きる。

 施設が振動でゆれ、パラパラと破片が落ちてきた。

「ふざけた名前だけど強いわね、あいつ。積年の恨みを感じさせるわ」

「ここは儂が」

「湊は救助に回って頂戴。ここであなたのパワーは市民を巻き込んでしまうわ。要ちゃんも同様よ」

「くっ、了解した」

 熱田は人目がないと確認したうえで変身し、爆破から市民を守るために飛び出す。

 要も変身後ジャージを着たうえで、それに続く。

「やつは私たちが」

「ええ、ミルキー、ブラック、お願い」

 変身した柚希たちは俊敏な動きで怪人へと立ち向かった。




「みんな落ち着いて。こっちに避難だぞー」

 変身した要は声をかけながら瓦礫を撤去する。施設利用者は老人や子供が多い。爆破ごとに悲鳴を上げる彼らを、要は熱田と共に誘導した。

 ひときわ大きな爆破が起きる。

 ミルキーとブラックが応戦しているようだ。大きな亀裂が、コンクリート製の建物に走った。

「ああーんああーん」

「おいで、ここは危ない」

 親とはぐれた子供の手を、右京は引く。

「きみ!」

「あ?」

「この子をお願いします」

 監視員の男に子供を預ける。

「おいあんたは!」

「あちらにも子供がいます!」

 監視員の男をその場に置き去り、右京は別の子供の元へ向かった。

「チッ、おらこっちだ」

 監視員の男は舌打ちをしながらも泣いている子供を抱き上げ安全な場所へ連れていく。


「はぁ……はぁ……」

 右京は体力の低下を感じながらも子供の元へ向かった。

「さ、こっちだよ」

 息を整えながら子供の手を軽く引く。

 子供に合わせゆっくりと避難経路へ向かう二人。

 大きな爆発が響いた。

 頭上。施設に走っていた亀裂が、耐えかねたように崩壊する。

 その直下。右京は崩れ落ちるコンクリートを目にした。

 子供を抱きしめる。右京の脳を駆け抜けるものは走馬灯か。コンマ一秒にも満たない瞬間に行われる逆再生。いやこれは走馬灯ではない。

 思い出したものではない。右京は忘れてなどいない。忘れない、忘れられないあの瞬間。ヒーローでなくなった日。怪人の目の前で、変身できなくなったあの日。力と共に、助けられたはずの人命も失ったあの日、あの瞬間。

 忘れられない右京は、まだ、縋りついていた『お守り』を、ポケットの上から握りしめる。

 数センチ上の瓦礫。

「変」

 言葉は自然と漏れた。

「身」


 コンクリートの着地と同時に強光が放たれる。

 瓦礫は飛散し、そこから、一人の女性と守られた子供が現れた。

「あれは」

 博士は目を丸くする。記録でしか見たことのないヒーローを焼き付けた。

「ヒーロー、亜門」

 その姿は鬼子母神がごとく。

 額から二本伸びるまっすぐな角。頭部から顔上部までを隠す無数の白紙の札。顎は蛇のような裂け目があり、白い牙がちらりと覗く。

 敵を射抜くように鋭い怒りは鬼のよう。しかし肌を見せぬ白い着物を着こなす様は、幼い命を守り愛おしむ天女にも見えた。

 シャン、と握られた白い錫杖が揺れる。

 刹那、紫電が走る。その後を膨張した空気が追い衝撃波と共に水が、空気が、震えた。

「な?」

 雷鳴は聞こえなかった。

 一瞬の通電に、怪人リアジュウバクハツシロの肉体は三万度に上昇させられ、その機能を失う。

 何が起こったかを理解する必要はない。怪人リアジュウバクハツシロは、内側から溢れんばかりに爆散した。

 怪人の元になった人間が水しぶきを上げてプールに沈む。ブラックとミルキーがその回収に急いだ。

「さすがは、伝説のヒーロー」

 博士は生唾を飲み込んだ。


『博士!緊急です!怪人がもう一体!』

 しかしタブレットからオペレーターの声が割って入る。

「なんですって?!」

 まだいたのか。そう思った瞬間、目を疑った。怪人の位置情報、それは、亜門がいる地点。

「まさか」


「うっうぅっ」

 亜門は胸を押さえ苦しみだした。

「おっちゃん!」

「要くんっ」

 亜門は抱えていた子供を駆け付けた要に投げ渡す。

「にげ、な、さいっ」

 亜門が鈍い銀の光に包まれた。

「うわっ」

 子供を抱え目を覆う要。

 その光は、ヒーローへと変身する発光に似ていながら、全く異なった。

「あっああ゛あ゛ああ、あ、あ、」

 喉を絞るような苦しみの声。

 光が晴れる。

 その先に、怪人は、立っていた。

「我が、名は」

 低く、とぎれとぎれの声が響く。

「怪、人、悪門」

 牙を湛えた口が、大きく開いた。

「力を以って、律する者。権を以って、廃する者」

 肥大化した角に圧迫された眼球が、埋没した額の向こうから鈍色に光る。

「今、ここに、宣告す。あらゆる君臨の、鏖殺を」

 殺意はすべてに向けられていた。


 タマは最速で要の主導権を奪った。

 兵装を整える暇もなく全ての力を逃走に利用する。

「シィッ」

 雷撃は光の速さでタマに追いつく。

 呼吸ひとつ、ままならぬ。悪門の追撃を全力の熱放射で弾く。

 雷と共に悪門は眼前に迫っていた。

 悪門に握られた金剛杵。錫杖が捻じれ変形したそれが振りぬかれる。

 瞬間。タマは抱えていた子供を放り投げた。ぶつかる拳と雷電。

 その数十メートル先で駆けて行ったスケ番長が子供を捉える。放電から逃れるように抱えその場を離れた。

 それを待っていたかのように空間中に放たれる無作為の紫電。

 全方向を攻撃範囲にしたその雷撃は、一瞬にしてあらゆる命に重傷を負わせる力を秘めていた。

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