第12話

「はーっはーっ」

 押し倒された博士は自分が生きていることに気づき、驚愕する。

「おい、生きてんだろ?」

 監視員の男が呆けている場合ではないとその頬を叩いた。

「あんた」

「今はその場合じゃねえ」

「っわかってるわよ」

 タブレットは通電で機能しない。そもそも外部と通信しても呼べる応援などたかが知れている。

 まだ生きているインカムを抑える。

「ミルキー!ブラック!生きてる?!」

『生きてますよ、博士』


 ブラックはインカムの向こうに生存を報告する。

「こっちもぎりぎり逃げられました。まだ体が痺れてますけどね」

 震える腕は痺れた感覚しかなく、動かしても自分の腕のようには思えない。

 バリケードとして茨の壁を作りはしたものの、絶縁体として機能するかは不明だ。

 なるべく遠くに放り出した元リアジュウバクハツシロの生存は目視で確認できた。

「おい、充大丈夫か?」

 充は唇を固く閉じこくこくと縦に首を振る。ステッキは手が白くなるほどに強く握られていた。

「……一応ミルキーも動けますが、期待しないでください」

『分かったわ、二人それぞれ動けはする状態なのね?』

「ええ」

 だったら支障はない、と答える博士に、ブラックは内心毒づく。

 こんなものを目の前にしてなにが支障ない、だと。

 茨の隙間、繰り広げられる死闘に、伝うのは冷たい汗だった。


 飽和した音はもはや聴覚を捨てさせた。雷撃とそれを追いかける衝撃波は、まるで入道雲の中にいるかのように錯覚させる。

 雷電と共に降り注ぐ悪門の金剛杵。それを拳で受ける。タマは拳と熱で雷を纏う敵に対し接近戦へと持ち込ませていた。

 ヤギのように曲がった角を掴む。引き落とし鼻っ柱に膝蹴りを食らわせた。

 しかし帰ってくるのは雷の痺れと痛み。ぶつかる瞬間に頭突き返された膝は、骨が砕ける。地面に降ろした足膝から潰れるような音が鳴る。

 だが支障はない。筋肉で砕けた膝を支える。捕らえた角を離さずそのままタマも頭突きを返す。

「はッはァッ」

 破れた皮膚は自家熱でふさいだ。こぼれた血液を燃料に空中を燃焼させる。その痛みに笑みがこぼれた。

 ビリッと予兆を感じ取ったタマは前蹴りで悪門を突き放す。

 同時に握力で角を粉砕した。次の瞬間、破砕した角の合間から放たれる電撃砲。

 タマの蹴りにそらされた高出力のそれは、角を破壊され力が半減したとしてもまだ破滅的な威力を誇り、触れた建物を蒸発させた。

 その大技でできた間隙にタマは入り込む。

 死角から放たれる拳は胴体に着地し、直下のプールへと二人は落下した。

 電撃と高熱により瞬時に高温の水蒸気へと変換されたプールの水は、一〇〇℃の熱波となり周辺を襲う。


「ぐっ」

 高温の水蒸気を茨の壁で何とか防いだブラックは、それでもサウナのように蒸す空間で、合図を待っていた。

「充、大丈夫だ」

 短く呼吸をするミルキーの震える体を支える。

 ブラックの茨により作られた砲台にステッキを合わせ、砲撃のときを待つ。ミルキーは逃げ出したいと叫ぶ心を抑え込み、全てを一瞬のときに注ぎ込んだ。

 プールの底で立つ悪門。

 インカムの通信がつながる音がする。

『今!』

「プラッティ・リリー!」

 ミルキーがもつ最大級の砲撃が放たれる。反動を度外視した光の砲。

 ブラックに支えられ狂いなく伸びるその線は悪門へ着弾する。

 その直前。雷が割り込んだ。歪曲する砲撃。盾となった雷により無数に別れプールの底や壁面に着弾する。

「あ、ぁ、あっ」

「充!逃げるぞ!」

 砲撃が失敗した。

 相手にはこちらの位置が割れている。

 ブラックは腰から崩れたミルキーの腕を引く。

 しかし悪門はすぐそこまで来ていた。雷撃に焼き尽くされる茨。向けられる金剛杵。

 すべてが一瞬だった。

「ヤ゛ア゛ッ゛ッッ!!!」

 金剛杵から放たれた電撃は、しかし、しなる脚が蹴り潰す。

 背を向けたことでがら空きだったそこに、タマの回し蹴りがまともに撃ち込まれた。

「俺を前に余所見たァいい度胸だな!せっかく体があったまってきたんだ!俺を楽しませろ!!!」

 戦いへの欲望がタマの中でくべられる。

「カカカカッ!!俺ァ好きだぜ!てめえみてえなバカも!体削るような戦いもな!」

 タマへ向く悪門。放たれようとした雷撃を拳で裂く。

「ヤ゛アァァッ!!!」

 熱拳はそのまま金剛杵を砕き腕をつぶした。

 さらに進撃し顔面へとめり込む。悪門は自身の頭蓋が割れる音を聞いた。頭部へ撃ち込まれた衝撃は悪門を跳ね飛ばし、水を切るように地面を滑り、壁を破壊しようやく止まる。

「はァッ」

 たまらないと戦いの高揚を吐き出すように、タマから熱のこもったため息が吐かれる。

「ふぅ゛っ……っ」

 悪門の素早く肺を動かす呼吸は、裂けた頬から漏れた。

「かい、じん、オぉッ」

 割れた牙がぼろぼろとこぼれる。

 腕が潰れ、顔の半分が陥没したその姿は、それでもタマに対して立ち向かおうとしていた。

「たお、さなけれ、バッ、わた、し、がァッ」

 その目は、肥大した角に歪められたその視界は、今を歪曲し、過去を見る。

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