第10話

「あの子たち、遊んでるけどいいの?」

 南国リゾートかのごとく、博士はフルーツビネガーを飲みながら、三人を眺めてる。

「昨日からしごいたからな。多少のサボりくらいはかまわんさ」

 熱田はかき氷をかきこみこたえる。

「それに昨日は儂の失態だ」

「対話で怪人を正気に戻すなんて、夢物語だってわかっていたでしょう?」

「油断した。まったく年は取りたくないな」

「さすがに三十路も過ぎればティーンの頃と同じとはいかないわよ」

 と熱田と同年代の博士は笑う。

 そんな博士は小じわもシミもひとつとしてないが。

「しかし、年の衰えを加味しても、あの怪人はいささかおかしな点があったようにもおもえるが」

「いささか、なんて言えるのなら、まだまだ現役ね」

 博士は手元のタブレットを操作した。

「昨日の怪人ユリブター、そして一昨日のゴッキー総督。どちらも今までの怪人とはけた違いの能力を持っていたわ。持久力、戦闘力共にデータの外れ値」

 表示される数値。なるほど、ミルキーとブラックが苦戦していたのもうなずける、と熱田は納得した。

 ヒーローもそれぞれ戦闘スタイルが異なる。

 高火力の熱田や要に対し、ミルキーとブラックである充と柚希は技術がものをいう。まだ経験の浅い彼らにとって、先日の怪人たちとは相性が悪いのだ。

「それに、頻度だって」

 昨日、一昨日と怪人の発生が続いた。しかも一昨日は、ヒーローショーだけでなく、地下鉄でも怪人の発生が確認されている。

 怪人は自然発生を前提とする。災害のような認識だ。それに予想や予防は難しく例外は当然の存在。

 しかし、このような短いスパンでの発生は異常としか言いようがない。

「強い怪人が、立て続けに発生した。異変も異変よ」

 博士の目つきは鋭くなる。

「それだけじゃない。一昨日の地下鉄での怪人は私たち、怪人対策室が駆け付ける前に、倒されていた」

「儂ら以外の者が、怪人を倒したのか」

 発生から現場に駆け付けるまでに五分。

 その五分間で怪人を倒した、外部のものがいるということだ。

「予兆だなんて言っていられないほど、兆候は出ているのよ」

「来るのか、奴が」

「ええ、そのために全てを、準備してきたもの」

「そうか、今はできることをするまでだな」

 熱田はすっくと立ちあがる。

「おまえらー!いったん上がってこーい!」

「「「イエッサー」」」

「飯にするぞ!」

「やったー!」

 要が、いの一番に駆け寄った。そのあとを、充と柚希がようやくか、とのそのそついていった。




 施設には、食堂も併設されている。炊飯の香りが漂い、麺類や丼類のだしの匂いが漏れていた。

「カカカッやはり肉はうまいな!」

 がつがつと褐色の二頭身が、オオグチボヤのように大きな口で串焼きをすいこむように飲み込んでいく。

「たくさんお食べ」

 それを老齢の紳士はにこにこと気持ちよさそうに見ていた。

「あ!タマちゃんずっりぃー!」

「小娘!それは俺の肉だ!」

 避けようとするタマちゃんだが、肉はあわれ、要の胃袋に収まった。

「何をする!俺を閉じ込めておいて!」

「タマちゃんはしまってきなさいって言われてたんだよ!」

 やんややんやと二人は取っ組み合う。

「う、右京さん!」

「すみません!」

 遅れて駆け付けた充と柚希が、要とタマちゃんの喧嘩を止める。

 紳士、右京孝仁は元気な若者に楽し気だった。

「ははは、喧嘩しなくてもたくさん買ってあげるよ」

「おっちゃんいいの?!やったー!」

「そうじゃないそうじゃない!」

 柚希は今更ながらタマちゃんを隠した。

 イドを一般人に見せるわけにはいかない。そこに、注文を終えた熱田と博士がやってくる。

「あ、博士、あー、これは」

 ごまかそうとする柚希。

「あら右京先輩、奇遇ですね、このような場所で」

「やあ」

 博士らはどうやら旧知の仲らしい。いや、先輩と呼んでいたのだ。

「お知り合いですか?」

「知り合いも何も、右京先輩は怪人対策室のOBよ。元は亜門という名のヒーローをやっていたわ」

「あのヒーロー亜門!」

 いち早く反応したのは柚希だった。

「どの?」

 しかし要も充もそのようなヒーローにピンとこない。

「ヒーローの活動自体は数年程度だよ。半世紀近く前に引退したからね。それ以降は怪人対策室の職員をやっていた。若い子たちが知らないのも無理はないさ」

「知らないだなんてそんな。当時の活躍は今でも有名ですよ」

 柚希からは抑えきれない興奮が感じられた。

「特に千葉県沿岸で起きた、なまこ怪人の事件。分裂していくあの怪人は亜門さんの力がなければ不可能な案件でした」

「ははは、若者にそう慕われると、とてもうれしいね」

 右京はぐしゃりと眉間をよせて笑み、しわの重なった頬を掻く。

「よ、よく覚えてるね、そんなの」

 と充は感心しているのか呆れているのか。

 勉強のためにかつての資料を読み返すこともあるが、さすがに五十年近く前のものを読むことはない。

「祖父から聞いてたからな」

「ああ、もしかして、橘くんのお孫さんかな」

 右京は合点がいったようだ。

 血縁関係が優先される怪人対策室の世間は狭い。

「道理で、面影があると思った。そうか、彼経由で。おじいさんとは他にも話を?」

「いえ、伝聞という体で聞いていただけです。当時は私も幼く、祖父がヒーローをしていることも知らされていませんでしたので」

「彼は、最後まで立派なヒーローだった。背負わせてしまうようだが、柚希くん、きみにも期待しているよ」

「はい」

 期待の思いを表すかのように握手する右京に、柚希は恥ずかし気に応える。

 そこにひょこりと要が現れる。

「おっちゃんヒーローだったんだ!なんでやめちゃったんだ?」

「こら!」

 ぶしつけな要を柚希は上から抑える。

「ははは、いい質問だね」

 右京は啜っていた汁物に目を落とす。

「それはね、私が初心を忘れてしまったからだよ」

「ほほう」

「要、お前わかってないだろ」

 適当な相槌をとがめる。

「し、心理的変化が、ヒーローの力になにか関係するんですか」

「その通り」

 右京は充に大正解、と飴を与える。うらやましそうに見る要と隣にいた柚希にもあげた。

「君たちも経験しただろうけれど、ヒーローになるためには調節したガジェットを使うね。調節とは、肉体面だけでなく、精神面も含まれているんだ」

「せ、精神面?」

「そう、ガジェットの使用による怪人化を予防するために、使える欲を制限するんだ。しかしこれには欠点があり、使用者の精神的な変化で欲が変化してしまうと、燃料がなくなり変身できなくなる。ヒーローとして、活動できなくなってしまう」

 右京はそう語りながら静かに胸ポケットをなでた。

「そんなことが……博士、なんで私たちに教えてくれなかったんですか」

「多感な子供たちに、変に気負われても困るもの」

 食えない人だな、と柚希と充はじとっとした目で博士を見た。


「貴重なお話ありがとうございます。そのうえタマや要もお世話になってしまい、すみません」

 柚希はかしこまり頭を下げる。

 要と右京の関係は、ヒーローのつながりとはまた別のものである。

「いやいやこちらこそ、元気な子が一緒にいると、こちらもパワーを貰っている気分になれるからね」

 右京が今日プールにいる理由も同様に、元気な子を求めてか。あるいは普通に運動のためか。

 要と右京は、年齢の離れた友達のようなものだ。

 柚希と充は、高校入学してすぐにできた要の友人、右京を調べたことがある。パパ活の容疑者として。

 右京自体は健全で安全な紳士だが、いかんせん子供に対して金に糸目を付けない。

 要に対してだけでなく、子供、若者という分類であれば、金銭感覚が狂うのだ。

 そのため、いろいろと貢がれている、主に飲食で、という要の話を聞き、もしやパパ活をさせられているのでは、という疑念を右京に注いだこともある。

 今となっては孫に甘い老人のようなものと認識しているが。

「この前もチケットを貰ってしまったようで」

「ああ、あれは申し訳なかった、まさか怪人が現れるとは」

「だ、だれも怪人の発生なんて予想できませんよ」

 柚希たちはまるで保護者のようにぺこぺこと頭を下げた。

 ついでに要の頭も下げさせる。


『ピーピー』

「お!」

 呼び出しベルが鳴った。食事ができたらしい。駆け出した要が、持ち帰ってきた食事の量にさすがのタマちゃんも眉を跳ね上げた。

「物理的に入るのか、小娘?」

 物理的に食べた飲食物がどうなっているのか不明な生物が何を言うのか。

 しかし驚きもするだろう。成人男性三人分ほどのパンや麺類や丼類は、全て要の注文物なのだから。

「水着汚すなよ」

 後から自分のものを受け取った柚希は、ただ要に前掛けのようにタオルをかけるにとどめる。

 三人並んでテーブルに向かう姿を右京は満足そうに眺めている。

「いっただっきまーす!」

「充、七味はいるか?」

「き、今日はいいかな。要、足りてる?」

「充こそ!ちゃんと食べねえといつまでたってももやしだぞ?!」

「た、食べてるよぅ」

 要ほどではないとはいえ、充もしっかりとした麺類を食べている。

「そうだ、お袋にまた充たち呼べってせかされたよ。お前ら今週末飯食いに来いよ」

 じゃないと寸動鍋で作られたカレーがまずいことになる、と柚希は母が週末用に買い込んだ材料たちを思い出す。

「う、うん。行くよ。柚希のお母さんのご飯、僕、好きだし」

「兄貴にも週末行くって伝えとくな!」

「そうしといてくれ」

 柚希は母の一番の目的は、アゲハが要に持たせるおかずであることを知っているため、ぜひ来てほしいとうなずいた。




 そのような食べ盛りの子供たちを見つめる目。

 はぁ、とため息を吐く者がいた。

「具合のよさそうな子は、みつかったの?」

「とうの昔に済んでいる」

 ぐずり、と笑んだ女声に、ため息の主は冷たく言い放つ。

「今回は手を出すな。おまえの手助けは、あまりにも醜悪すぎる」

「あらあら」

 侮蔑を込めた言葉に、女声は困った様子もない。

「それじゃあ、お願いしてしまいましょう。面白そうなものもあるし」

 ふい、と消えた気配に、それでもなお憎々し気に睨んだ。

 だが、即座にその視線をプール施設へ向ける。

 取り出したのは、小さな卵型の発光物。鈍い光のそれを、高い椅子に座った女に差し出した。

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