第2章 進撃の百合ブタ

第3話

「ゆ、柚希は頑固だよ。要だって、仲間外れ、嫌なはずだよ?」

「仲間外れにしているわけじゃないさ。危険に巻き込みたくないだけだ」

「べ、べつにいいじゃん、せっかくみんな、お揃いになったのに」

 そ、それとも、と充はじとりとした視線を向ける。

「お、女の子の恰好、見られたくない、とか?」

「そ、そそそ、そ、それもあるが!」

 それだけじゃない、と充に負けず劣らずどもった柚希は、乱暴にパイプ椅子に腰を下ろした。


 二人は駅前の広場に作られた、野外ステージ裏の簡易的な控室にいた。昨日のヒーローショーで怪人が乱入してきたため、その穴埋めというわけである。

 すでに変身し、いつでもショーへ出れる、という状況になっている二人。控室とはいえ元の姿でいるわけにはいかない。

 ヒーローはその正体を秘匿されているからだ。幼馴染でも知らないほどに。


 そんな二人の元に、ノックもなしにヒーローショーの主催者が挨拶にやってきた。

「いやあ、お二人にまた来ていただきとてもうれしいですな!我々も力が入りますとも」

「こちらこそ、ご協力ありがとうございます」

「あ、ありがとうございます」

 ポークピッツのような指で手を握ってくる主催者に、柚希もといブラックは営業スマイルで答える。

 ヒーローを始めて早半年、少女の体には慣れたが、このような接触はいつまでも慣れない。背中に浮き出た鳥肌は正直だった。

 要もこのような視線を浴び接触をされるのだろうか。ヒーローにさせられない理由が早くも増えてしまった。やはり要にはこの世界に入らせない、と改めて決意を固くする。


 主催者は二人の様子などちっとも気にかけない。有名な二人に直接、しかも二日連続会えたことで気が高ぶっているのか。普段からそうなのか。前者であるならしようがない。

 ミルキーとブラックはかわいらしい見目から、アイドル的な人気もある。もっともタレントのような展開は一切しておらず、世間の前に現れるのは、怪人と対峙するときか、このような場のみ。

 今回のショーも怪人への警戒や、ヒーロー活動への理解を広報することが目的である。

 世間への露出が限られるヒーローに対し、このヒーローショーは貴重な接触の場であり、それを目当てに、一部の演者も一目見ようと二人を覗きにきていた。

「うおお、本物のミルキーちゃんとブラックちゃん、やっぱ何度見てもかわいいな~」

 カマキリ師匠を演じる男もまた野次馬のように覗いていた。それをコカマキリもとい他の演者たちが白い目で見ている。

「あんなガキのどこがいいんだよ。やっぱ女ならここだろここ」

 と胸の前でジェスチャーするけだるげな新人に、他の演者たちも密かに同意した。

 残念ながらミルキーとブラックには、大人の男性から見た基準では、胸囲が少々心もとない。


 しかし、ファンを作るには胸囲など必須条件ではないのだろう。

 ミルキーとブラックを観覧しに多くのファンが、ヒーローショーの始まりを待っていた。

 駅前とあってか先日の西部動物公園よりも客の集まりがいい。

「むふー、ミルキーたんとブラックたんをもう一度生で見れるなんて、怪人さまさまですなー!」

 砲丸レンズを持った肥満気味の男は、開幕を前に興奮していた。滝のような汗をかかせているのは日本の温暖な気候だけではないだろう。

 ピッピッと先日撮影した秘蔵画像を男はよだれを垂らしそうな顔で眺める。

 ヒーローショーの二人、本物の怪人と戦う二人。あのとき、避難しながらも戦う二人をわずかに撮影できたのだ。間近で見れたその姿。今まで二人を応援していたかいがあった。

 しかし最後の画像に、男の表情はすっと消えた。ぷるぷると脂肪のついた頬肉が震える。

「この間男ぉ……」

 血走った目でにらみつけるその画面には、ミルキーとブラック、そして二人に抱き着く青年、ヒーローに変身した要が写っていた。

 青年に対し憎しみを積もらせる男。その闇に、そっと忍び寄る悪がいた。

 しかしそのような暗黒面も、観客席の群衆に紛れてしまえばだれにも気づけない。

 ヒーローショーが始まり、煙幕の向こうから少女の影が現れる。

「「魔法少女ミルキー&ブラック!参上!!」」

 ステッキを掲げポーズを決める二人。

『フハハハハハ!俺様カマキリ師匠がっ』

 台本通り現れたカマキリ師匠。

 しかし名乗りを上げる間もなく大きなぶよぶよの腕がカマキリ師匠を弾き飛ばした。

 キィンとマイクが反響する。

「プギィィィィィッ!おいらは怪人ユリブター!二人の友情を邪魔する男は!おいらが滅ぼしてやる!」

 新たな怪人が現れた。

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