第4話
「もー柚希だって家族に心配かけてるわけじゃん!そこは変わらないわけじゃん!」
放課後、要は鞄に筆箱などを詰めながら当たり散らす。俺だって柚希たちが怪我したら心配するもん、と要は頬を膨らませた。
喧嘩の続きを、と柚希に接触しようとしたが、残念ながら二人とも早退していたこともいらだちを加速させる。
「あの弱虫充だって戦ってんだからよー。俺だってかっこいいヒーローとして、名乗ってみたいし、かっこいい技名叫んでみたいし!二人だけ、ずるいぞ!……ん?」
ぎゅむっと何か柔らかいものを掴んだ。
「カカカッ。力ある者であれば名乗りも主張も不要なものだ小娘」
「この感触は!」
要は褐色のマスコットを引っ張り出す。
幸い教室には誰もいない。
「まったく嘆かわしい。名乗り上げや技名などと、他人の目を気にするとは。授けた俺の力であれば、不要無用。力とは他者の許可も観測も必要としな「おまえ、ついてきちゃったのか!」
魔法少女のマスコットのようなそれに、要は目を輝かせた。
「俺の話を聞いていないようだな」
「なあなあ、名前はなんていうんだ?」
要のマイペースな性格は今に始まったものではない。
「はぁ……名乗る名などない。小娘が適当に決めろ」
褐色はその様子に、こちらが折れるほうが早いと判断しため息を吐いた。
褐色は弾力性と柔軟性も富んでいるのだ。
「じゃあなーオタマジャクシにそっくりだから、スーパーウルトラタマジャクシデラックス!」
「もっとましなものはないのか」
「略してタマちゃん!」
「短くなっただけではないか」
「うちの犬はタロっていうんだぞ!タの字がお揃いだな!」
「聞いていないのか」
命名、タマちゃんは交渉をあきらめた。
「しかし小娘、このままでは―うぐっ」
「椎名くん、少々よろしいですか」
「なんすか先生!」
担任の橘先生が現れた。
とっさに鞄にタマちゃんを詰めた要。鞄の中でぺちゃんこに潰れるタマちゃん。おかげで橘先生はタマちゃんに気づいてはいないようだ。
「進路調査のことなのですが、椎名くんは再提出でしたね?」
「えー!そうだっけ?」
「そうですよ。わが校は一応、進学校なので、さすがに進路調査票には大学などを書いていただかないと」
「ヒーロー、警察、公務員じゃダメっすか?」
「就職は勧められません。というか、ヒーローは就職先に選べません。怪人対策室であれば公務員として入れますが」
「ヒーローは昨日なったもんな!」
「何にですか?」
「なんでもないっす!」
ヒーローのことは、命名タマちゃんのことも、誰にも言うな見せるな、と言われたことを思い出す。
「家庭の事情もあるでしょうし、適当でも大丈夫ですよ。とりあえず出してくださらないと」
橘先生は柚希の父親だ。息子の幼馴染である要の家庭事情、昨年から続く両親の不在も知っていた。
椎名家の両親の不在もまた今に始まったわけではなく、要の両親は出張やら夫婦旅行やなにやらでしょっちゅう子供を残して家を空けている。現在は、大学教授の父親が研究の関係で海外へ単身赴任となり、母親もそれに伴って家にいない。
家庭事情は稲垣家も。充の家も父が亡くなり母は年単位で帰ってこないという似たり寄ったりな部分もある。
そういった関係で、要と充は二人とも橘家によくお世話になっている。柚希と一緒に、三人は兄弟のように育ったといっても過言ではない
そういった家族ぐるみの関係、正確には児童保護の経験から、橘先生は保護者目線で接している部分もある。
「とりあえずっていわれてもなー。俺勉強できないし」
しかし要は勉強面からみて進学の選択肢が広くはない。成績が最悪なため、部活もバイトも禁止されている。これでよくこの高校に入れたものだと周囲も不思議がっていた。
成績の良し悪しはクラスの振り分けにも影響する。要は一組。スポーツ推薦、あるいは成績の低い学生が振り分けられる。要はもちろん後者が理由だ。ちなみに柚希と充は成績優秀なため十組だ。
「では、私が書いておきましょうか。とりあえず、東大・京大・北大で」
「どこっすかそれ?」
「柚希や充くんも行く予定の学校ですよ」
「へー」
柚希は警察官、充は市役所公務員ではなかっただろうか。と要は思ったが、柚希の父が言うのだろうから違うようだ。
よくわからない大学だが、兄に頼ればどうにかなるだろう。この高校に入学するときも兄のおかげで受かったのだ。知らぬ間に裏口入学したくなければ自力で合格しろと充と柚希は言うだろうが。
「では、進路調査表はこれでいいですね」
と、橘先生が出ていこうとしたところ、教室のドアが勢いよく開いた。
「頼もう!椎名要はいるか!」
「おっす!」
「熱田先生、いったいどうしたんですか?」
現れたのは生徒指導担当の熱田湊だった。
科目は日本史担当の熱田だが、赤いジャージに収めたはちきれんばかりの筋肉質の体は学校一の巨漢だ。学生時代は不良を全国統一しただとか、酔って絡んできたプロボクサーを一発KO勝ちしただとか、実はオリンピックに出場経験があるだとか、いろいろな噂が尾ひれ背びれについているような男である。
「どうしたもこうしたもない!彼女はこれから生徒指導担当である儂の管轄下に置かれるのだ!」
「椎名さんがまたなにかしたのですか?」
「それは、あー……この髪だ!誰がどう見たって染めているだろう!」
熱田は太い眉を厳しそうに怒らせ、要の赤い髪を指す。
「熱田先生、彼女の頭髪は地毛だと把握していて」
「そうか!」
熱田の声は教室のガラスを割らんとする迫力だ。
「まあいい!とにかく私は椎名要を連れてゆく!さらばだ!」
「そんな!」
小脇に抱えられ要は颯爽と連れてゆかれた。
「生徒指導なら、この教室でもできるはずなのに……」
橘先生だけが放課後の教室に残された。
「熱田先生!俺の髪は地毛っすよ!」
「そのようだな!まあ連れ出す理由はこのさいどうでもいい!儂は嘘が苦手だ!」
ぽいぽいっと突っ込まれたのは、バイクのサイドカー。
そのままヘルメットをかぶせられ赤い艶のあるバイクをふかし、熱田は走り出した。
土煙を巻き上げ校門を飛び出し、向かう先は最寄り駅。
「うっひょー!かっけー!」
風を切る走りに要は興奮した声を上げる。
「見る目があるな椎名要!そんなお前をこれからヒーローとして応援に連れて行ってやる!」
「怪人が現れたんすね!」
「そうだ!すでにミルキーとブラック、君の幼馴染たちが応戦している!」
「おっす!」
「準備はいいか?!」
「おす!」
「ぐえ」
熱田はガジェットを、要はタマちゃんを構える。
「さあ!変身」
「へーんしん!」
キュピーン!キュピーン!と強い二つの光がバイクを包んだ。
「スケ番長!見参!」
「うおぉぉぉっ!スケ番長だ!」
熱田の変身姿に要は目を輝かせる。
そこには筋肉のたくましい女性がいた。
骨格は多少縮んだようにも思えるが、それでも筋肉の張った体は変わりない。胸筋から乳房になった胸はさらしが巻かれ、羽織られた白い特攻服にはいかつい刺繍が縫い込まれている。きりりと太ましい眉はそのままだ。加えて、年齢を感じさせていた小じわが消え去り現役、青春時代の体へと再構成されていた。
「Woohoo!」
スケ番長のトレードマークでもある釘バッドが担がれた瞬間、要のテンションは最高潮に達した。スケ番長は要が幼いころから活躍していたヒーローだ。興奮しないわけがない。
しかし経験豊富なヒーロー、スケ番長は、熱血な見た目とは裏腹に冷静に要を分析していた。
「うーむ、椎名要、君はやはり……」
「どうしたんすか?」
「完全な変身ができていないな」
「なんと!」
衣装まで変わった熱田に対し、要は前回同様、体が二回り大きい青年に変わっただけである。
女子制服を着たまま変身したため、前回よりは被覆面積は大きいが、見た目はかなりまずい状況になっている。
熱田は予備のジャージを貸すことで要の尊厳を守った。
「儂らヒーローはイドの力を借りることで怪人に対抗するための力を得ている。肉体の変化や、装備の変化もその一環。しかし、椎名要、お前の変身は未だ肉体のみ。それでは本来の力の半分も出せていない」
「はい先生!」
要は手を挙げる。
「なんだ椎名要!」
「服のことはわかったのですが!ちんちんの位置が収まり悪いです!」
「それはいかんな!ふんどしを締めることをすすめるぞ!」
「なるほど!」
「お前らなんの話をしているのだ!」
おもわず突っ込むタマちゃん。
「でもタマちゃんタマちゃん、俺はタマちゃんの力を借りてるんだ。ちんちんなんかに気を取られず全力で戦いたいぜ」
「変身もろくにできないお前が、全力などほど遠いわ!」
「俺はタマちゃんの力を使えていないのか」
「そう簡単に使いこなせてたまるものか。俺は特別な『イド』なのだから」
その言葉に要はまた手を上げる。
「はい先生!」
「なんだ椎名要!」
「『イド』って、ナンスか?」
「「いまさらか!」」
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