第17話 心頭滅却

 男が振り抜いた大刀がローリエを掠める。この程度の斬撃であれば、普段のローリエなら余裕で躱せるはずだ。しかし今日のローリエはかなりギリギリのところでやっと躱した。躱した際に足をもつれさせていたようにも見える。


(酔って動きが鈍くなってるんだ)


 私はこっそり『治癒ヒール』を使うことにした。


(『治癒ヒール』)


 しかしローリエの動きは変わらない。『治癒ヒール』では酩酊状態は解除できないんだ。なんとかしなければ……と錫杖を握る手に力が入る。


 ……錫杖?


 そうだ!状態異常解除だ!『心頭滅却しんとうめっきゃく』!


 シャン!と錫杖を鳴らし、ローリエが『心頭滅却しんとうめっきゃく』できるように念じる。ローリエを見ると、ローリエも私を見る。目が合うとローリエは真剣な眼差しで頷いた。


 そこからのローリエは明らかに動きが違った。いつも以上のキレで、男が大刀を振り回しても、余裕で躱している。


 しかし、男に一撃を当てることもできないようだ。ローリエの武器はショートソードなのでリーチが届かないものはしょうがない。


「くそう。ちょこまかと逃げまわりやがって」


 そう呟いた男は、一瞬間をおいて大きな踏み込みと共に、ローリエに肉薄してきた。何かしらのスキルを使ったのだろう。ローリエが避けきれず、肩に一撃を食らう。


(『治癒ヒール』)


 ローリエの肩に血が滲むのを見て、私は即座に『治癒ヒール』を使った。


「へへ。これは避けきれねえようだな」


 傷は癒えているはずだが、出血した血は消えない。男はローリエが負傷したと思い込んで、嫌らしい笑みを浮かべた。


 再度、男がスキルを使った踏み込みをしようと予備動作に入った時、ローリエの姿と気配が消えた。『隠密ハイド』を使ったのだろう。


「む。どこだ!……くッ」


 男がそう言った瞬間、左腕から血飛沫が飛んだ。『隠密ハイド』からの切り込みはローリエの必勝パターンだ。私が「勝負あったな」と思ったとき、こちらをチラッと見た男が私に飛びかかってきた。


「ひッ」


 咄嗟に錫杖を突き出す。錫杖は男の大刀に当たり、そのまま大刀はパキンと折れた。しかし、男はそのまま私の後ろに回り込み、左手を掴んで、折れた大刀を私の首元に近づけた。


「動くな! この女がどうなっても良いのか!」

「なッ、卑怯な!」


 姿を現したローリエが叫ぶ。しかし、私は何も心配していなかった。


「ふふふ、おっさん。こんなことしてタダで済むとは思っていないよね?」

「なんだと?」


 私は右手に持っている錫杖を力任せに振り回した。

 錫杖は男の口元に当たり、その男は吹っ飛んだ。


「ッ!」


 痛みを感じて右腕を見ると、大刀の先が当たったのか血が出ている。振り回したときに刃があったのだろう。即座に『治癒ヒール』をかけて治す。これができるから私は余裕を感じていたんだ。


 吹っ飛んだ男は気を失って倒れている。前歯が折れているようだ。


「サフラン! 大丈夫!?」

「ええ、私は大丈夫よ。ローリエも大丈夫?」

「うん。さっきは『治癒ヒール』ありがとう」


 私はローリエとお互いに顔や体をさすって、無事を確かめ合った。

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