いつか来るその日の為に

川沿いのの中を歩く。

進むべき方向もわからず、

ただ白い猫の進む方へと

歩みを進めるよりしかたない。

川霧のかかった道。

何処に向かって流れているのか?

その川の流れとは逆の方へと進む。


僕は昔からこの川霧のある風景が、どこか幻想的でファンタジーな物語の世界に迷い込んだようなその空気感が好きだった。

川霧は蒸気霧の一種。気温が0℃前後以下と低いとき、および川の水温が高く、気温と水温との温度差がおよそ8℃以上になるときに発生する。このようなときには川の周辺の地面上に放射霧もできやすく、両者が混じって濃い霧となることが多いらしい。


それで、あーこの川霧はあの世とこの世の温度差で発生してるのだろうか?

なんて意味も無い事を考えていたら、

ミティーを霧の中に見失いそうになって少しばかり慌てて走りだした。川上に向けて白い点を追いかけて走っていく。

やがて目指していた

かの様に眩い光へと向かう。


そうしたら聞こえてきたんだ。

聞き覚えのある機械音。

一定のリズムを刻む。

静寂のなかの雑踏のように、

聞き苦しく、

途絶えるよことのない、

機械的な心拍音。




ドクンドクン




ピッピッピッピッ………。




瞼を開くと目の前に不安と戦いつくした諒子の顔があった。


「諒ちゃん……そんな顔してどうしたの?」


「拓実君!!」

泣き崩れる諒子。

先程まで気を張って気丈に振る舞っていたのだろう。泣き崩れて行く顔が愛おしい。


しかしこの不確実な世界がまだ受け入れられない。つまり現実と非現実の狭間で何が起きたか?まだわからずにいた。

でも、


「へへへ。ただいま。」


「バカ!!心配させないでよ。」


「あれ?ミティーは?」


「何言ってるの?ミティーてなんの事?」


どうやら僕は諒子の元へ帰ってこれたみたいだ。しばらくすると看護師が部屋を訪れた、その後に医師らしき人が来て、

前後の記憶について尋ねた。

僕はわかる事をそのままに伝えたけれど、

当然ながら白い猫と黒い猫の話は伏せておいた。精神錯乱なんて思われたら嫌だから。

記憶が飛んでいる事と、微量の脳内出血らしき跡を気になるらしく、もう一日入院する事になった。

諒子はとりあえず入院中の着替えなどを取りに一度家に帰る事になった。


僕は非現実的な、あり得るはずのない出来事の真相を知りたくて、

彼女が病室を出た後に直ぐに香澄に電話をした。


「タク兄?どうしたの?」


「おう……その…親父大丈夫か?」


「え?なんで何か知ってるの?」


「まーいいじゃん。癌なんだろ。」


「そんな…軽く言わないでよ。その通りだけど……。どうせ洋兄に聞いたんでしょう?知ってるならいいわ。そういえばお父さんもさっき急に拓実はどうした?なんて聞いていた…?いつ連絡したの?」



「それより クロは?」


その質問に香澄は驚きというよりも、

奇怪な出来事に出くわしたような

うめき声にも似た、

かわいた笑いの音が

口から漏れ出した。



「…は…へ?あ、あはは……ちょっと……どう言う事?なんでそんな事まで知っているわけ?」


「そんな事って?」


「うん……。昨日ね……実家にお父さんの着替えをとりに行ったの。そうしたらね、お父さん……こうなるのわかっていたのかしら、あのゴミだらけの部屋がね。きれいになっていたの。あっ……でも誤解しないでね。決してきれいじゃないのよ。ただ少しね、いくつかのゴミ袋がまとまっていたってだけだけどね……。」


おいおい?掃除したの夢じゃなかったのか?

それとも本当に親父が片付けたのか?


「それでね、そのゴミの山の前で、私が来るのを待つ様に座っていたわけ。クロがね。

けれども弱っているのはすぐにわかったわ。だから急いで抱き寄せたの。それで……その後私の胸の中で生き絶えたわ。」


納得がいくような……、

いかない様な……、

とにかく、

僕が今見てきた事は、

どこまでかが本当で、

どこまでかが妄想なのか判断つかないけれども、少なくとも僕の魂が彷徨っている間に、

実家のゴミは片付けられて、

親父の癌が発覚して、

そしてクロが旅立っていった事は

間違いないらしい。



「ちょっとタク兄?聞いてるの?なんでクロが死んだ事知ってるのよ?」



「いや俺は死んだなんて言ってないよ。ただどうしてるか聞いただけだよ。」



「そうか……そだね。」


少し寂しそうな声に聞こえた。

クロを拾ってきたのは香澄だったから。


「おい、香澄!!」


と電話口で香澄を呼ぶ声がした。


「あっヨウ兄。」


「なんだよ、旦那と電話か?親父が話したい事があるって。今来られるか?」


「旦那じゃないよ。今……うん。大丈夫。」

しばらく沈黙があって、


「あの……タク兄。」


「ヨウ兄の声聞こえたよ。言ってきな。親父がどうするか?2人で聞いてきて。」


「うん。また何かあったらLINEする。」


「おう。じゃーな。」


クロのやつめ……。

なつきもしなかった黒猫のクロ。

いつも不貞腐れた顔をして、

こちらをハスに構えて見ていた。

そのクロがこの先を考えるきっかけをくれたと思うと、なんだか込み上げる物があった。


外に目をやりながら深くて長い一日を思う。世界を照らす光が西の彼方へ落ちて行く。

窓から見える赤い空が、

潤んだレンズをジワリジワリと刺激する。

そしてまた一日が終わりを告げる。


生きている事は当たり前の事なのだろうか?



「ただいま…、コンビニでおにぎり買っ……、やだなんで泣いてるの?」

側に走り寄る諒子。


「俺まだ生きられるみたいな。」


「当たり前よ。生きてくれないと困る!」


そう言って抱きしめてくれた。



生きていると言う事は、

いつか死を迎えるということだ。

全ての物事に始まりがあるように、

全ての出来事には終わりがあるのだ。



人生の終わりを心地よく迎えるには、

いくつかの準備が必要だ。

自分の葬儀、

自分のお墓、

宗教的な事柄、

住居家財の整理、

お金の問題。

そのいくつかの問題は

一つずつ一つずつ

丁寧に生前整理して行く必要があるだろう。

けれどもやはり人間て奴は一人では上手くいかないものではないだろうか?

終活は一人で考えてはいけない。

いろいろな問題をクリアする為には、

やはり家族の絆が必要になると思うのだ。

いつか未来に終わりを遂げる時、

妻に、家族に、子供たちに、

疎まれながら終わるのはごめんだ。

今から出来る終活は家族と毎日話す事。

それが絆を創るという事ではないだろうか?


「ちょっと拓実君……いったい誰と喋っているわけ?大丈夫?頭打ってから時々そういう事があるから心配よ……。」


「ごめんごめん。なんでもニャいよ。」


あの日以来僕の側で時々黒い何かが通り過ぎる。その度に今の僕は大丈夫だろうか?と

一度立ち止まり考える。


黒猫は横切っても不吉じゃない。


それはきっと将来を考える一つのきっかけなのだから。


「そうだよな……クロ。」


「にゃー!!」


               end

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いつか来るその日の為に 雨月 史 @9490002

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