橙色の月 黒猫誘い 白猫の導き 

「お父さん、僕も行きたい。」


「え?行くの?ボートで釣りするんだよ。」


「えーそうなの?ワカサギって、ほら氷に穴あけて釣るんじゃないの?」


「そりゃー北海道とかの話。どこでもそうじゃないよ。芦ノ湖に氷なんてはらない。」


「なーんだ。つまんないな。」


「じゃー、やめとくか?」


「ううん。行く。」


「なんだよ行くのかよ。」


そう言って笑いながら、

釣竿をもう一本用意してくれた。

釣りが大好きで天気が良いと、

「今日は天気が良いなー……。」

とかいいながら母親の顔色を伺って

休みの度に釣りにでかけようとしていた。

そんな顔が今でも思い出せる。



いつも感心なさそうにしてるのに、

母が亡くなった時、

父の部屋から叫び声ともとれる

号泣する声が聞こえた。

本当はすごく頼りにして、

すごく想っていたのだと感じた。

そんな父


その父の為に……

僕は父の為にいったい何ができるのだろうか……。まずは兄貴と香澄の仲を少しでも解消してやらないと。

子供たちのけんかなんて死に際に見たくないだろう?


昔を懐かしみながらしばらく暗闇を歩いた。

深い夜のはずなのに、不思議と怖くはなかった。なぜだろうか?

不思議に思い空を見上げると、

丸い月が煌々と光を放っていた。

やけに赤みのかかった、

新鮮な卵の黄身のような、

橙色の月。

そういえば今夜は皆既月蝕とか言ってたな。

それも300年くらいに一度とかの天皇蝕。

今日よりも前は本能寺の変の2日前だったとか…。月が赤く光るって今朝の天気予報で言ってたっけ……。

ん?今朝っていったい何時だ?

だいたい今俺は何をしてるんだ?

ここはいったい?

たしか実家に帰って……、



「よう。拓実お前なにしてるんだよ。」


ん?親父?

突如として僕の後ろに父が立つ。


「お父さんこそ、なにしてるんだよ。そんなところで寝たらだめじゃんか。」


「ん?いやいや寝てるのはお前の方だよ。」


「は?何言ってるの。それよりお父さんはさ、どうするのこの先。香澄か兄貴と同居、もしくはあの家、どちらかに譲るの?」


「まったく……相変わらず拓実は人の事ばかりだな。そうね。どうしようか?」


「もう……そんなんだから揉めるだよ。兄貴と香澄。お父さんがはっきりしないと。」


「それはわかってるけれど、君は1番僕に近いから、決められないという僕の気持ちわかるだろう?」


「うっ…。まー正直良くわかる。でもそれじゃー誰も納得できないんだよ。やっぱりお父さんがどう思っているか?それが大事なんじゃないの?」



「……そうか。」


「そうだよ。」


いつもは躊躇するくせに、

今日はやけにはっきりと意見を言えた。


「それはそうと拓実、お前こそそろそろ現実を受け入れろよ。諒子ちゃんも子供たちも置いて、そのままいくつもりか?」


「は?なんの話だよ。」


「お前ここがどんなところか、わかっていて俺に説教してるのか?」


「?どう言う事?」


「これだからお前は。自分の痛みもわからない奴に説教される筋合いはない。お前自転車に乗ったまま地下道入っただろ?」


ズキン


「え?いつの話だよ。」


「その時お前地下道の坂の下に小さな子供がいてな、その子を避けるために、自転車ごとひっくり返って滑り落ちたんだよ。」


そういえばなんだか実家に帰るまでの記憶が曖昧だ。


「それで頭から血を流しているところを、たまたま通った通行人が通報してくれてな、救急搬送されたわけだ。」


ん?!!じゃー……。


「そうだよ。お前の下で今寝てるのは、

お前自身じゃないか。お前は今、黄泉と現世を彷徨ってるんだよ。」



曖昧な記憶が少しずつ明白になっていく。

あの日僕は自転車から落ちた。

間違えなく転げ落ちたはずなのに、

たしかにそこの記憶がすっぽりと抜けてる。え?じゃー家に帰って諒子から、お金もらって……。


それは多分都合の良い様に夢をみているだよ。君がしたかった様に都合の良い夢を。


そんな馬鹿な?!


「でもお父さんはなにしてるのさ?」


しかし振り返るとそこにいたのは……。


クロ?


「ニャー。」


君はまだ来るべきではないと君のお父さんは言っているよ。

君にはまだやるべき事があるでしょ?


今日赤い月に召されるのは私だけでいい。


私は猫にしては良く生きたのよ。

君は優しすぎるから、

時々私の鋭い爪でカツを

いれてやらないとね。


私だけでいい。


クロ…。お前……。


ほら早く生きなさいよ。

あなたの大事な奥さんが悲しんでるわ。


でもどうやって?


「ニャー。」


いつのまにか白い猫


ミティー?


彼女が案内してくれる。


橙色の月は

白みかけた空の彼方で、

赤い光を失いかけていた。

やがて空が蒼く染まるころ、

月もまた白くなり、

黄泉の誘いの終わりを告げる。







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