黒猫に呼ばれる。

「親父どう?意識とかあるの?」


「うん。思ったより元気。でも本当は良くないみたいなの。こんなLINEで話すのもあれやし……タク兄まだこないの?」


「そうなの?意識ないとかじゃないんだな?」



「うん。とりあえずはね。」


「わかった。ちょっとやらないといけない事があって、あと2時間くらいしたらいくわ。」


「何してんの?まぁいいや。早く来てね。

ヨウ兄と二人じゃ間がもたない。」


「あいよ。」


というLINEのやりとりのあと、

もう一度部屋の中を見渡す。


さてと……2時間と言ったものの何から手をつけていいやら……と思いながらまずゴミ袋を探す。さいわい家族で住んでいた頃と同じ場所に「何年分だよ?」というくらいのゴミ袋を発見する事ができた。

とりあえず目につくいらない物をどんどん袋に詰めていく。


ゴミを袋に詰めながら思う。


本当は怖いのだ。

現実と向き合うのが。

親父が死んでしまったらどうなるのだろう?

いつかは来る事だとはわかっていても、

自分の両親が亡くなるという事を

どう受け止めて良いのか?

それまでに自分は何をするべきなのか?

それを考えるのが怖い。


ざっと考えつくものでも、

葬儀、お墓、供養、

それから親父の財政状況もしらないと、

借金はないだろうか?

定期支払いとかはないだろうか?

ご近所との付き合いは?

どこまで交友関係があって、

誰まで亡くなった事を伝えなければならないのだろうか?

それでいて自分の精神的なショックは、

いったいどこにやれば良いのだろうか?



問題は山積みだ。

それからこのゴミ袋も山積みだ。


どれだけゴミ貯めてるだよ……。

それから洗面所にむかう。


「う……。」


思わず声が出るほどの異臭。

猫ちゃんね……。

かわいいけれども臭いものは臭い。

これでも一応こまめに変えているようだけれど、それでも一日以上放ったらかしたら、

こうなるわな……。



そういえば、最近親父と全然連絡とってなかったな。親父は親父で自分の人生を謳歌していると勝手に決めつけていたけれど、

もしかしたら自分の最後に不安を覚えていたかもしれないな。


……ていうか、

「この掃除機吸わなさすぎだよ。いったいどうなって……あーそりゃ吸わないわな。」


掃除機のゴミパックがパンパンに膨れ上がっていた。


家事全般は母親がやっていたからね。

知らないのだろうなこういう事……。


ため息しかでない。

男なんて不器用で滑稽な生き物だ。

結局女無しでは生きていけないんだろう。

まー男とか女とか関係ないか。

お互いを支え合うパートナーがいかに重要なのかを考えさせられる。


一通りゴミをまとめて掃除機のゴミパックを交換し、とりあえず一段落つけようと冷蔵庫から賞味期限のすっかり切れたコーヒーを先程漂白した茶渋で薄汚れたカップにいれて、お湯を注いだ。


「にゃー。」


ん?

先程とは違う少し低い猫の鳴き声が……。


「うぇ!クロ。」


黒い猫がゴミ袋の間から顔をだした。

クロは僕がこの家を出る頃に来た猫。

香澄にはとても懐いているくせに、

家を出る時に撫でてやろうと近づくと、

その鋭い爪で僕の頬に爪をたてた憎き宿敵。


けれども今日はやけに友好的な、

甘い声をだす。

あまりにも低い声で鳴くから、

てっきりオスだと思っていたけれど、

実は雌猫だ。どれくらい生きているのだろうか?もうすっかりおばあさんのはずだ。


「ほれ…飲むか?」


その友好的なクロに気を良くして、

冷蔵庫のミルクを彼女の皿に入れてあげる。

それを旨そうに舐めるクロを横目に、

時計を見る。2時間……で終わるわけがない

か。すでに3時間に差し掛かっている。


LINE


「親父によろしく行っておいて。今日は行くの無理かもしれない。」



「悪いけど、とっくに退散しました。ヨウ兄と長時間一緒にいるのは無理。」



「わかった。明日は必ず行くけど、お父さんの病気てなんなの?」



「胃癌。ステージ4」


……わかってはいたけれど、やっぱりショックを受ける。


「わかった。明日会えるか?」


「うん。朝はパートがあるから13時からなら。でも15時にはかなで(甥っ子)迎えに行かないと。」



「わかった。じゃー13時に実家来れる?」


「うん。わかった。」


LINEを終えた直後、

玄関のカギをまわす音がする。


「なんだよ来てたのか。」


「兄貴。」


「お前病院にすぐに顔出せよ。」


「でもさ、この部屋ひどいもんだぜ。」


「そうか。一昨日くらいに掃除してたけどな親父。」


おいおい……。一昨日掃除してこれかよ。

まーそれは置いておいて、


「一昨日までは元気だったの?」


「そうだな。」


「兄貴はさー、それ手伝ったん?」


「いや。なんで?」


「いや……別に。」


「それよりお前ちゃんと考えているか?

今後の事。」


「まー正直言うとあんまり。でもさ、

俺はもう実家から離れて暮らしているのだから、兄貴と香澄で決めたらいいじゃん。」


「真ん中ってのは気楽で良いな。何にも背負う物がないじゃんか。お前はいつもそうやって責任逃れするな。」


いやいや…実際嫌な事から目を背けているのは、兄貴も香澄も一緒じゃないか。


本当に情けない。

親の老後の世話まで、

お前が悪いのなすりつけあいかよ。

でも実際実家から離れた土地で暮らす俺に、

いったい何ができるというのだ?


怒れる気持ちをよそに、

クロが僕の足にすり寄って来る。

なんとなく悲しい気持ちと、

情けない気持ちと、

それからやりきれない気持ちで、

締め付けられる様な気分だった。

擦り寄るクロを僕は抱き寄せて、

優しく頭を撫でた。


「今後の事またしっかり話合おう。長男の俺だけが負担を背負うなんておかしいだろ。そこんとこ、香澄にも言っておけよ。」


そう言い放って、洋介アニキはそそくさと家を出た。


勝手なものだ。このこざっぱりした部屋には気が付きもしなかった。


ふと気がつくと、クロが自分の顔を撫でてた。猫が顔を洗うと雨が降るなんて諺もある。

黒猫 顔を洗う それだけで

不吉な予感を感じながら、

クロの方は近づいて見る。


よく見れば彼女は顔を洗う仕草ではなく、

僕を手招いているようだ。


「へへ。こんな時にお前は慰めてくれるのかい?」


なんて完全に油断した顔でクロを抱き寄せてようと近づいた。


「ニャー!!」


おいおいあの日と同じじゃないか。

鋭い爪を光らせて、電光石火の猫パンチが、

僕の顔を目掛けて飛んできた。


鋭い爪と、

丸い肉球が

僕の目の前を走った。


どうやら僕は呼ばれたようだ。


知るはずのない、

知るべき世界へ。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る