いつか来るその日の為に

雨月 史

白い猫に誘われる。

新しい朝を迎えるという事

は当たり前の事なのだろうか?

日が奈落の底に沈み

黄泉の淵から月が顔をだす

新しい生命が生み出され、

いくつかの光は常闇の向こう側へ

旅立っていくのだ。


牛乳と水は1:1それを小さなミルクパンに

入れて弱火にかけた。

ゆっくりと沸くのを待っていたつもりが、少し考え事をしていたら、知らない間に鍋の周りがフチフチしていて慌ててIHのスイッチをきった。そのまま紅茶のティーパックを浮かして1分ほど保温に近い温度でゆっくりと沸かないように火にかけた。


「拓実君大丈夫?」


「あー。ごめんちょっと考え事していて。」


「前からボーとしてる事よくあるけどさ、

最近酷いよ。」


「うん。少し疲れているのかな?なんかさー…。いや別に何かがあったわけじゃないんだ。ただ少し悪いことが起きそうな胸騒ぎ?がするんだ。」



「やめてよ。まだまだしっかり働いてもらわないと、子供たちもこれからだからね。」



「ごめんごめん。ただの予感だよ。

りょうちゃんも気をつけてな!病気とか怪我とか、えー?拓実くんに、言われたくないですよ。」


と笑う妻だが、少し体が弱いので本当はすごく心配だ。


なんとなく気持ちの悪い夢をみた日は、

少し憂鬱になる。

けれどいったい

どんな夢だったのだろうか?

全く思い出せない。

それも気持ちが悪い。

けれども喉の奥に刺さった、

魚の小骨のように

今起きている事も

しっかり飲み込めずにいた。



家から駅まで20分自転車を、走らせて駐輪場へむかう。駐輪場はたくさんあるけれど、

駅に近ければ近いほど高い。わざわざ駅の向こう側にある駐輪場にとめる。

たかだか2、300円かもしれないけれど、

これから子供にお金がかかる時期だ。

少しでも節約したい。


そうして今日も駅向こうに繋がる地下道を通り抜ける。


「ん?」


ポケットに入れたスマホが振動している事に気がついた。

慌てて自転車を降りてスマホを取り出す。


「え……親父?」

父親の着信。

一瞬嫌な予感が頭をよぎった。



「はい。」


「……。拓実か?」


「え?兄貴か?なんで?どうしたの?」


「お父さんが…。」


父が倒れた。

今は病院だがどうなるかわからないから、

とりあえず帰って来いという連絡だった。

嫌な予感が……。

いや言ってる場合じゃないな。


「もしもし諒子?お父さんが倒れたらしくて、悪いけど今から帰って実家に行く。」


「え?わっ…わかった。お金とか用意しておくね。他に何かある?」


「ちょっと思いつかないな。まーとりあえず帰るし。」


そのまま会社に電話をして、

早急に自分の代役をさがして、

連絡した。さいわい同期が休み返上して出て来てくれる事になった。


家に帰ると諒子がオロオロしながら、

あれやこれやと準備をしていた。


「新幹線の時間調べておいた。それから拓実君どうせあんまりお金持っていないでしょう。だからこれ。無駄遣いしないでね。」


とお金もいくらか持たせてくれた。

本当に諒子にはあたまが上がらない。

いい加減な僕には勿体無いくらいの

世話焼きだ。


「じゃー行ってくる。」


「うん。詳しくわかったら連絡して。」


「わかった。」


諒子が出発時刻を調べておいてくれたおかげで、無駄なく新幹線に乗る事ができた。いろいろ慌てて心も穏やかではなく。

キヨスクでビールを買った。

座席に座り缶ビールのプルトップを開けて、

半分くらい一気に飲み干した。

何も味なんて感じなかった。

諒子に一報いれておこうと、スマホを取り出すといくつかのLINEがはいっていた。

会社のグループLINEがいくつかと、

兄貴からだった。


香澄かすみにはまだ言ってないから、

お前から知らせておいてな。」


「なんでだよ。あほか…本当に。」


香澄と兄貴(洋介)は実家にどちらが住むかで大揉めしていた。

母が病気で他界した時に、実家を離れていた僕は無しで、どちらが父親と住むかで揉めていたのだ。兄貴はバツイチで独り身だし、

歳の離れた妹は結婚してまだ子供が小さい。

余計なお世話だが、当然僕は妹が行くのだとばかり思っていた。


けれど、僕によく似て?どんぶり勘定で、

いい加減な妹に実家を預けるのは兄貴は許さなかった。僕が思っているよりも、兄貴はこの家を守るというこだわりが強いらしい。

それで親父がハッキリとどちらかを選べば良いものを……。

肝心な本人は


「んー別にどちらでもいいけど。」


我が父ながら優柔不断すぎて困ったものだ。

そんなわけで今日に至るまで、

結局大きな二階建てに一人暮らし、

となったわけだ。



「親父が倒れた。今日来れるか?」


「知ってる。今向かってる。」


「わかった俺も今向かってる。」


知ってる?なんでやねん!!

とツッコミをいれながら、

着いたらまずするべき事を考える。


病院に行って、

親父の顔を見て、

病状を聞いて、

これからの事を考える。


そうだ。

考えたくは無いが、

もし、

親父が死んだ場合どうするべきなのか?

何をしなければならないのか?

まずはそれを話し合わなければならない

かも知れない。

具体的な事は兄貴が考えているだろうから、それプラスアルファーで

いったい何をしていくかを話し合おう。

どちらにしても今日は実家に泊まるつもりだか……。と実家に向かった。


この家に来るのは母が亡くなって以来だ。

とりあえず実家出た時からキーケースに

つけっぱなしの使えるかどうかわからない、

鍵を鍵穴にいれる。

……。入らない。

あらら……。こういうところが計画なしだ。

と、意味もなくノブに手を触れると……。


おいおい……鍵開けっぱなしかよ。

何やってんだよ。

呆れながら扉をひらくと


「ニャー!!」


と白い猫が一匹甘えた顔ですり寄ってきた。

可愛らしい抜ける様な真っ白な色の猫だ。

たしか名前は…ミティー?だったかな。

手をさしのべて頭を撫でようとすると、

甘えた顔が急にシリアスな目つきになり、

顎をクッと前にだして部屋へ誘われた。

ミティーに誘われるままに

部屋に足をふみいれる。

それで部屋の中をみわたす。



「はー。」

と自分でもびっくりするくらい大きな溜息。

わかってはいたけれどね……。


「兄貴も香澄もこんなに近くに住んでるのにいったい何をやってるんだよ。」


予想に反して僕が1番最初にやらなければならない事があきらかになった。


掃除だ。


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