第二十六話
クロウに連絡し、あかりの家で暴漢に襲われたことを告げる。十分もしない内に彼が結社の構成員を引きつれて到着し、一つの死体と気絶した二人を片づけた。
破損した靴ベラは新しい物が用意され、血や涎で汚れた床は綺麗に清掃された。あかりの母親は、気絶している隙に結社の構成員が社用車に乗せ、病院へ運び込んだ。
「酷い目に遭ったな」
リビングルームで呆然と座り込んでいる刹那に対し、クロウが言った。
「……あかりが居ない」
彼の方に目を向け、刹那はそう一言だけ告げる。クロウが来るまでの間、彼女は家の中を隈なく探し回った。が、あかりの姿は何処にも無かった。
訳の分からない連中に、痛々しい母親の姿。加えて、あかりの不在。
何も無かったと考えるのは、あまりにも楽観的過ぎる。
さらに、彼女は学校を二日続けて休んでいる。電話やメッセージもそっけない返事ばかりだ。
恐らく、誘拐。この状況で考えられる最悪の予想だった。
「誰かに、連れ去られたんだと思う」
クロウは腕を組みながら、一言口を開いた。
「そうか」
それだけ言うと、彼は踵を返し、玄関の方に向かう。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
刹那が立ち上がりながら言うと、クロウは彼女を顧みながら言った。
「なんだ?」
あまりに無表情に言った彼を見て、刹那は一瞬続ける言葉を見失う。
「彼女、今頃どうなってるか分からない」
「そうだな」
「探しに行きたい」
「ダメだ」
会話を打ち切るような一言。刹那は息を呑んだ。
「どうして!?」
「そんな依頼は出ていない」
「だったら、私が出す」
「そうか。ならこれから調査を開始して、見つかり次第そっちに連絡する」
「どれ位掛かる?」
「今、依頼は立て込んでる。早くても一か月先だ」
「そんなに長く待てる訳ない!」
「そうか、なら残念だ」
クロウは前に向き直り、容赦なく玄関の方へ歩を進める。
「クロウ!」
「諦めろ」
刹那の叫び声に、食いかかるようなクロウの一言が重なった。
「まだ生きてると思うのか?」
続けざまにはなった彼の言葉に、刹那は「やめろ」と声を張り上げそうになる。その可能性を考えていない訳はない。だが、それだけは認めたくない。
「えぇ、生きてるわ」
彼の言葉を撥ねつける様に、精一杯虚勢を張って反論してみる。が、その言葉に何の説得力も無いのは刹那自身が一番理解していた。
それ故か、強く見返すつもりだった彼の顔から、無意識に視線を外してしまう。当然、クロウにそれを悟られ、彼は一笑に付してから言った。
「強がるのはよせ。自分でも分かってるはずだ」
「でも、今日の朝、メッセージは帰って来た」
「今は夕方だ。それから何時間も経ってる。人間は十秒もあれば死ぬ」
クロウはブーツを履き、玄関のノブに手を掛けて言った。
「どんな望みを持とうが勝手だが、あまり楽観的な考え方はするな」
彼は玄関を開き、刹那の方に顔を向ける。
「勝手な事はするな」
「……分かってるわ」
クロウは扉を押し、あかりの家から出て行く。背後から、結社の構成員が刹那を追い越し、彼の後を追う様に撤収して行った。
誰も居なくなった家の中で、刹那は一つ深呼吸し、手に持った謎の携帯端末に目を向ける。
勝手な事をするな。
彼の言葉が、頭の中を反芻する。
そうなった時、お前を始末するのは俺の役目だ。そうさせるな。
彼はそう言われたのは、つい昨日の事だっただろうか。
えぇ、させる訳無い。
自分自身が、そう答えたことを思い出す。
「心配しないで」
家に一人きり。刹那は口に出して、そう言ってみた。彼には悪いが、今回ばかりは我慢できそうにない。
刹那は携帯のスリープモードを解除し、中に登録されていた番号に発信する。
バイクを飛ばしてアパートに戻り、部屋に戻ってコートと学生服を静かに脱いだ。寝室に向かい、クローゼットを開く。
濃紺のシャツと、ベスト、細身のパンツがハンガーに掛かった状態で保管されている。クローゼットの中の床に置かれた収納ボックスの中を開き、中に入っていた一組だけの黒革のグローブを取り出した。
それぞれを手に取り、ベッドの上に放る。シャツとベスト、パンツを身に着け、ベッドの下を開いた。
HK416、M870ショットガン、USPとCZ75SP01の二丁の拳銃が収まったガンラックが引き出て来る。前に仕事で使い、破損させられたMP5Kサブマシンガンが収められていたスペースは空のままだ。
HK416。一瞬ためらうような仕草を見せた後、刹那はそのアサルトライフルを手に取り、ベッドの上に放った。
ホルスターをガンラックから取り出して、腰のベルトに引っ掛ける。最近、使用感が気に入って来たUSPを手に取り、弾倉を短く引き抜き、後部に開けられた穴から残弾を確認する。
マガジンスプリングのへたりを気にして、フル装弾から二発程弾を抜いた状態だ。
刹那は拳銃をホルスターに戻し、ガンラックから拳銃の予備弾倉とライフルの弾倉をそれぞれ三本手に取って、ベッドの上のライフル本体のすぐ隣に置いた。ライフルのスリングを肩に通し、弾倉を両脇に抱え込む。
箱に詰められた状態の五・五六ミリ弾と、九ミリ弾をそれぞれ二箱ガンラックから手に取り、リビングルームへ戻った。
ローテーブルの上に弾丸と弾倉を置き、ライフルをテーブルに立て掛けた。拳銃を抜き、弾倉を抜いてテーブルの上に置く。
箱を開封して、九ミリ弾を摘まみ上げ、元々入っていた弾倉に二発込め直した。それを銃本体に戻し、新たに取り出した弾倉を手に取る。
指でマガジンスプリングに押される鉄板を押し下げ、一発一発弾丸を込めていく。一本目を込め終えた頃、段々と指が痛くなってきた。
その指を、刹那は鼻で笑った。もう一本を手に取り、また弾丸の装填を再開する。
カチリ、カチリと鉄が擦れる音と共に、先程掛けた電話の内容を思い出す。
「ヴァイパー、お前か?」
呼び出しベルが何度か繰り返された後、男の低い声が電話口から聞こえてきた。
「どうかしらね」
「今更隠そうとするな。この電話を持っている時点で、お前である事は分かっている」
落ち着いた様子で、男は刹那の言葉に答える。
恐らく、相手に自分が誰か見抜かれている。ならば隠す必要など無いが、こちらから認めてやる必要も無いだろう。
「あかりは何処?」
刹那は男の問いには答えず、自分から話を始めた。
「まず、それが気になるのか」
そう呟くように言い、一瞬言葉を切ってから男は続ける。
「まだ、生きている」
「どこに居るのか、と聞いてるの」
電話口の向こうで男が小さく笑う。
「まぁ、そう焦るな。ここは一つ――」
「あかりは何処」
被せる様に刹那が要った途端、電話口からグラスの割れる音が轟き、彼女の耳を劈いた。
「私を遮るな!」
怒号が耳を劈く。ヴァイパーは思わず顔を顰め、電話口から耳を離した。
「下手に出ればすぐにそうやってつけ上がる! これだから、お前等の様なガキは嫌いなんだ!」
男は捲し立て、さらに瓶の割れる音まで聞こえてくる。怒りに任せて、壁に投げつけたようだ。
「何言ってるの?」
そう言うと、男は自分を落ち着ける様に息を吸い、言った。
「ラウ。この名前を知っているな? つい先日お前が殺した奴だ」
「何の事――」
「とぼけるんじゃない。まだシラを切れると思っているのか?」
否定も肯定もせず黙っていると、男は痺れを切らしたように言う。
「とにかく、だ。娘を取り返したければ、私の前に面を見せろ、ヴァイパー」
そう言うと、嘲るように笑い声を上げ、男は続けた。
「まぁ、無理か。知っているぞ? お前らは仲間の事を売ったり、勝手なことすると、結社から粛清を食らう、とな」
先日、ヴァイパーの情報を漏らした同業者の少女からでも聞いたのだろう。だが、刹那は、男が言った別の一言が引っ掛かった。
「……娘?」
「うん? あー、余計な事を口走ったか」
何でも無い事の様に、男が続ける。
「まぁ、そういう事だ。彼女は正真正銘、私の娘だ」
カチリ、と最後の一発を弾倉に込め終えた。弾丸の装填は他の事を考えながらでも出来る。今、刹那の手の中にあるのは、五・五六ミリ弾が三十発装填できるライフルの弾倉だった。
それを手に持ったまま、彼女はローテーブルに立て掛けておいたHK416を取り、銃本体に弾倉を差し込む。レシーバー上部のコッキングハンドルを引き、初弾を装填した。
ハンドルを小さく引き、薬室の一発を確認する。それを放し、解放されたバネが機関部を閉じた。念のため、レシーバー右側のフォア―ドアシストを叩いておく。
これで、万が一の不発も無いだろう。
ライフルの安全装置を掛けて立ち上がり、弾を込め終えた弾倉を腰のベルトに引っ掛けたマガジンホルダーに差し込んだ。拳銃の弾倉、ライフルの弾倉、それぞれフルに装填した物を二本ずつ。
しっかりとした重さを感じる。
上からトレンチコートを着て、拳銃と弾倉を隠した。それから、ライフルをガンバッグに入れ、斜め掛けに吊ったスリングで背中に回す。
深呼吸を一つ付き、彼女は部屋の電気を消した。
静かに部屋から出て、そのまま家の前に停めたバイクの方へ歩く。
玄関の鍵は、開けたままだ。
バイクを引き出し、アパートの前に敷かれた道路の方へ頭を向ける。キーを差して、キックスターターでエンジンを始動させた。
エキゾーストノードを響かせるSR400に跨り、ポケットから出したサングラスを掛ける。あかりの母親から拝借した携帯を取り出し、例の電話番号にリダイヤルする。
「さて、覚悟は決まったか? ヴァイパー?」
電話に出るなり、男が言った。
そうなった時、お前を始末するのは俺の役目だ。そうさせるな。
クロウの台詞が、再び頭をよぎる。
「えぇ、出来たわ」
少しの間の後、彼女は言い、そして続けた。
「私の居場所を教えてあげる。あかりを連れて、蛇を狩りに来て」
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