第十三話
クローゼットの中にあった着替えをキャリーケースに詰め込み、ベッドの下を開く。HK416、M870に拳銃二丁。内一丁は仕事で使ったことのあるCZ75だ。
刹那はもう一丁の方を手に取り、腰に着けたホルスターに差した。ドイツ、
今回こちらの拳銃にしたのは、手荷物が多いため、少しでも軽い方がいいと判断したからだった。CZ75の方はフレーム含め金属パーツのみで構成されていて、そこそこの重量がある。しかし、USPはポリマーフレームを採用しており、重量も一キロを切っていた。
荷物を少なく抑えたつもりだったのだが、キャリケースはかなり重くなってしまった。この上に一キロ以上の重りを身体に括り付けるとなると、かなり辛い。それに、USPの方が製造年としては新しい銃だ。信頼性も高く、銃としての性能はこちらの方が高い、と刹那は踏んでいた。
しかし、クロウはポリマーフレームがあまり好みでは無いようで、この銃を仕事に持って行ったときはいつも少し眉を顰める。刹那程の観察眼が無ければ分からない違いではあるが。
生憎、今回は仕事ではない。身を守る武器として申し分のない銃だ。
深い青のタートルネックセーターに青い細身のパンツを履き、その上にいつものトレンチコートを着込んだ。内側に巻き込んだ長い髪を外へ出し、キャリーケースを引いて部屋の外へ出る。
玄関のカギを閉め、駐車場の方へ出てくると、真ん中に白のWRXが待ち構えていた。運転席に座っているのは当然クロウだ。刹那が後部座席のドアを開き、キャリーケースを中に運び込んで、助手席に回る。彼女が席に腰を下ろし、シートベルトを留めると、彼は何も言わず車を出した。
角を一つ二つ曲がり、幹線道路に合流する。ふと、刹那はクロウの方を見た。クロスドローの位置に吊ってあるホルスターもVZ61も見当たらない。戦闘になる危険性は無いと判断したようだ。
「朝食は?」
自分に向けられた視線が心地悪かったのか、クロウが少しぶっきらぼうな様子で言った。刹那は視線を助手席の窓へ移し、言う。
「まだ」
「何か食べたい物は?」
「特に無い」
「なら、いつものでいいか?」
「えぇ」
クロウは高速道路に乗る前に、仕事の前いつも寄るファストフード店に寄り、バーガーをドライブスルーで注文する。代金を払って商品を受け取り、刹那の方へ渡した。
受け取った紙袋からバーガーを取り出し、包装を解いて食事を摂っている内に、WRXは高速道路に入った。そこから空港まではほぼ一直線だ。
数時間のドライブの間、車内にほとんど会話は無かった。トイレに行きたくなった旨をクロウに告げ、サービスエリアに停車してもらったが、それも一度きりだった。
車は無事に空港に着き、刹那はキャリーケースを下ろしてターミナルへ向かう。
「それじゃ、行って来る」
「あぁ、長い旅行にはならないはずだ」
「私はそれでもいいけど」
クロウはフッと鼻で笑い、言う。
「なに、すぐ帰って来てもらうさ」
「そう」
刹那は別れ際に一度手を振り、クロウは肩を竦めて返した。ガラスの自動扉をくぐり、受付の方へ向かう。
「あ、居た居た!」
その時、聞き覚えのある声が右側から聞こえた。その声は、今一番聞きたかった声でもある。
「あ、あかり!?」
刹那の声が思わず上擦った。どうして彼女がここに居るのだろう。
「刹那さん刹那さん、私を置いて旅行とは、言い御身分でございますなぁ」
口を尖らせながら、あかりはいたずらっぽく言う。伸ばした両手の人差し指で、刹那の腰元を突いた。
ホルスターを触られないように、刹那は素早く身を反対側に回す。その動きのキレがあまりによかったのか、あかりが少したじろいで後ろへ下がった。
マズい、引かれたかも。
「ご、ごめん急だったからビックリして」
「そ、そうだよね」
少し気まずそうに言いながら、あかりは苦し気な笑い顔を刹那に向ける。少し申し訳ない思いを抱えながら、刹那は言った。
「でも、何でここに居るの?」
そう聞くと、あかりは胸を張って答えた。
「もちろん、刹那の福岡旅行について行くため!」
あちゃー、と刹那は頭を掻く。昨日、あかりにだけは自分が福岡に行く事を伝えていたのを思い出した。携帯のメッセージアプリでのやり取りで、彼女が「ついて行きたい!」と送って来たのを冗談や社交辞令の類だと決め込み、茶化すような返事をしたのが、こんな事態を招くとは思っていなかった。
彼女のフットワークの軽さを甘く見ていたようだ。
ふとターミナルの入口に目を向ける。クロウのWRXが発進するのが見えた。どうやら、あかりに会ったことはバレていないようだ。
吹き出しかけた冷や汗を手の甲で拭い、あかりの方を見下ろした。刹那と同じく、手にはキャリーケースを引いていて、ダッフルコートを着込んでいる。首元にはふわふわのマフラーが巻かれ、短めのスカートの下に暖かそうなタイツを履いているのが見えた。
足にはファーの付いたブラウンのブーツを履いていた。実用性重視の刹那のモノとは違い、かなり可愛らしい靴だった。
何にせよ、彼女はついて来る気満々らしい。今から帰れというのも、少し可哀そうな気もする。
「向こうでの宿は?」
「実は……まだ取ってないんだよね」
刹那はやれやれと言う風に首を振りながら、溜息を付いた。その仕草とは裏腹に、表情は何処か嬉しそうだ。
向こうでの仕事が一つ増えたな、と彼女は思う。
「分かった。飛行機は?」
「もちろん、同じ飛行機! 運よくまだ席が空いてて」
そう言いながら、彼女は先程発券してきたであろう搭乗券を刹那に見せつける。更に運のいい事に、隣同士の席だった。
「隣の席、私」
刹那が呟くように言うと、あかりの目の輝きが一層強くなる。興奮のまま彼女は刹那に抱き着き、周りの目も気にせず声を張り上げた。
「やった~! 刹那、一緒に福岡いくよ~!」
「ちょっと、声大きいって」
そう言いながら、刹那は首元に飛び付いて来た彼女を下ろす。あかりはその右手を掴み、受付の方に引っ張った。
「ほら! 早く行こ!」
「ちょっと! まだ時間あるって……」
刹那の言葉も聞かず、あかりはフライトが待ちきれないと行った様子で彼女を受付へ連れて行く。
困った二人を見ながら苦笑いを浮かべる受付の女性に小さく頭を下げながら、刹那はチェックインの手続きを終える。
隣の受付でチェックインを済ませたあかりが「刹那~! こっちこっち~!」と手を振りながら声を張り上げる。
楽しい旅行になりそうだと、刹那は思った。
空を行く飛行機の中で、福岡のパンフレットを見ながら、あかりはあそこに行こうここに行こうと指を動かしている。三人掛けの座席の残り一つは開いていて、多少うるさくしても迷惑は掛からない。
なので、二人は思う存分飛行機の中で福岡観光の予定を話し合った。もちろん、向こうについて初めにやる事は、あかりの宿探しだったが。
飛行機が飛び立って一時間後には観光予定を立て終えると、あかりは昨日見たドラマの話や、今日空港へはどうやって来たかを話し始めた。彼女は早起きをして電車とバスを乗り継いでここまで来たのだそうだ。
まったく、彼女のバイタリティには感服を覚える。予定が狂って、私に会えなかったらどうするつもりだったのだろう。
そんな風な考えが刹那の頭によぎる。もちろん口には出さない。代わりに、彼女は昨日バイクでこけた事を面白おかしく話した。実際はこかしたのではなく、思い切り蹴り倒されたのだったが、そこまで話す訳にはいかなかった。
仮に話したとしてどうなる? 血生臭くて、趣味の悪い作り話だと思われるのがオチだろう。あかりの住む世界にはまるで縁の無い話だ。
刹那が話し終えてから少しして、客室乗務員が機内食を持って来た。ふと携帯で時間を確認すると、十二時丁度だった。
用意された食事を食べ終え、二人は空き容器を通りかかった乗務員に返す。刹那は窓の外に広がる景色に目をやり、あかりは携帯を取り出して、イヤホンで音楽を聴き始めた。
雲の切れ目から、小さな島や反射した陽光で煌めく海を覗き見る事が出来た。時たまエルロンが作動し、機体が右へ左へ傾く。
しばらくそうしている内に、眼下に広がる景色に雲が少なくなり、陸が占める面積が多くなって来る。目的地が近いらしく、段々と高度を落としているようだ。
その時、刹那の肩元に、何かボールの様な物がポトンと倒れて来た。何事かと思いそちらに目をやると、イヤホンを付けたままのあかりが座席の上で眠っていた。
機体が左に傾いたので、彼女の身体も左に傾き、頭が刹那の肩に寄っかかって来たのだ。気持ちよさそうに眠るあかりの顔が、あまりにも無防備に思えた。
ヒーターが利いた機内はそれだけでも暖かいが、刹那は自分の膝元に掛けていたトレンチコートを取り、ブランケット代わりにしてあかりの体に掛けた。彼女の右手に握られている携帯のスリープモードを解除し、イヤホンから再生されている音楽を止める。
携帯を彼女の膝元に戻し、再び窓の外に目をやった。先程より、地上に近づいているような気がする。
その時、「間もなく福岡空港に到着します」と機内アナウンスが流れた。着陸態勢に入るのはまだなので、シートベルトはまだ付けなくていい。
ふと、刹那は自分の中に黒い物が渦巻くのが分かった。そして、「早すぎる」と思わず心の中で呟く。
もう少し、出来る事なら、このまま空港に着かなければいいのにと刹那は思った。
と同時に、そんな自分を鼻で笑い、飛行機が着陸態勢に入るのを待った。
飛行機は無事着陸し、二人は空港のターミナルに入る。ターンテーブルからそれぞれの荷物を受け取り、ラウンジを抜けた。
「ちょっと、トイレいってくるね」
刹那はそう言って、近くにあった女性用トイレにキャリーケースを引いて入った。個室に入り、彼女は便器の蓋の上にキャリーケースを置いて、ファスナーを開き、中に入っていた、ホルスターに収まったUSPを腰に挟み込む。
実は出発の時、腰に着けていた拳銃をキャリーケースの中に押し込んで、貨物に預けておいたのだ。預ける荷物の中に放り込んでおけば、結社の息の掛かった空港職員が問題なく通してくれる。
腰を捻ってみて、ホルスターがずれない事を確認してから、刹那はトイレから出た。コートの裾で銃はしっかりと隠されている。これで大丈夫だろう。少し背の高いだけの十代の少女が、銃で武装していると考える人間はこの国には居ない。
外で待っていたあかりと合流し、二人は空港を出た。ガラスの自動扉をくぐった瞬間、あかりが声を張り上げて言った。
「福岡上陸!」
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