第六話
マイアは別れた地点でずっと待っていたらしい。刹那の学生鞄と彼女自身の手提げ鞄を両手にぶら下げながら、近くの花壇に腰を下ろしていた。
「お帰り。大丈夫だった?」
「何てことない。くだらない用事」
「そう? ならいいけど……」
「帰ろ」
刹那はそう言って、マイアから学生鞄を受け取る。彼女と共に校門を出ると、白いマークXが路肩で待機しているのが見えた。クロウの車だ。
「仕事?」
刹那が言うと、マイアは少しバツの悪そうに言う。
「えぇ、そうよ」
「依頼内容は?」
「車の中で。クロウが説明してくれるわ」
「分かった」
助手席に刹那が座り、後部座席にマイアが腰を下ろす。
「戻ったわ。説明をお願い」
「分かった」
マイアが固い口調で言うと、クロウが短く返し、車を発進させる。
「依頼内容だが」
少し走った所で、クロウが唐突に口を開いた。刹那は助手席前のグローブボックスを開き、中からクリップ留めされた書類を取り出す。
「標的はラウ・シェンライ。中華系マフィアのブローカーだ。例の人身売買の商品を調達するのがこいつの役目だった」
刹那はクロウの説明を耳に入れながら、一番上に留められていた写真の男を目に焼き付け、書類を
「この人、何で日本に来たの?」
一通り目を通した書類をダッシュボードの上に放ると、刹那は座席のリクライニングを倒し、仰向けになり、目を閉じた。眠くは無かったが、これが彼女のルーティンだった。仕事の前に余計な雑音を入れたくない。
マイアは運転席側の後部座席に座っていた。刹那が席を倒しても、彼女は驚いた様子を見せなかった。クロウからこの事を聞いていたのだろうか。
「恐らく、売買に関係していた連中が立て続けに死んだからだろう。マスコミには事故や病気等の偽の情報を掴ませてある。が、真実はいずれ何処からか漏れる。それを目ざとく見つけるのは裏の連中の方が早い」
「何が起こってるのか、自分の目で確かめに来たって事?」
「そんなところだ。そのおせっかいが命取りになる」
クロウはギアを変え、車を左折させる。
「武装選択はそっちに任せる」
「敵の規模は?」
「ラウ本人と護衛が五人で、計六人。小隊程度だ」
「ならMP5。家に寄ってくれる? 武装と服を取って来る」
「もちろん。だがその前に、マイアを仕事場に返す」
二回ほど交差点を曲がり、それから少し直線を進んだ先。そこに見えてきた三階建てのビルの前に、クロウは車を停めた。
「ありがと」
マイアが言い、車を降りる。歩道を進み、ビルの敷地内に入った所で、黒いスーツを着た
彼女が無事にビルの中に入るのを見届けてから、クロウは車を発進させる。
仰向けになっている刹那の目に、窓ガラス越しのビルの全貌が映った。黒い塗装が施された三階建てのビル。一見、会社としての業績と建物の高さが釣り合っていないように見えるが、あのビルの地下には訓練施設と武器保管庫、更には車両基地が敷設されている。
規模としては、小さな軍事要塞と言っても過言ではない。
さらに、そこから張り巡らされる地下通路は各所の下水管やトンネルに繋がっており、様々な場所へ避難が出来る様になっている。主な用途はマイア他、『結社』重役の緊急避難用だが、刹那やクロウの様な殺し屋たちが特殊な依頼を受けた際、奇襲戦法を執るために使う事もある。
どうやら、今回はそれを使う必要は無いらしい。後ろへ流れていくビルを見送りながら、刹那は目を閉じた。
車が停まり、目を覚ます。外は暗くなっている。リクライニングを起こして、刹那は車を降りた。
クロウがマークXを停めていた場所は刹那の家の駐車場だ。刹那は自分の部屋に向かい、鍵を開けて部屋に入る。学生鞄をリビングの隅に置き、コートを一旦脱いでソファーの上に置いた。
寝室に向かい、学生服を脱いだ。クローゼットを開け、濃紺のシャツと細身のパンツ、スーツベストを身に着ける。黒い手袋をはめ、クローゼットの奥から腰に着けるタイプのマガジンポーチを取り出して、それを腰に回してバックルを留める。
肩掛け式のライフルバッグを取り出して、クローゼットを閉めた。
ベッドの側に移動し、側面を開く。中から銃床の無い小ぶりな短機関銃、MP5Kとその予備弾倉を二本、予備武装に弾を装填済みのCZ75を取り出して、側に置いておいたバッグに詰めた。
引き出しを閉め、バッグを持って立ち上がり、寝室を出た。ソファーの上に置いておいたコートに腕を通し、バッグを肩にかける。
ふと時計を見る。午後七時半過ぎ。仕事の時間はもっと先だ。
家を出て、鍵を掛けた。ドアを閉めた勢いでズレたバッグを肩に掛けなおし、クロウのマークXへ向かう。
助手席に腰を下ろし、銃を入れたバッグを後部座席に置いた。
「準備できた」
「よし、ラウが居る場所まではかなりかかる。食事は途中で調達する」
「今まで通りね」
「そうだ」
クロウは車のエンジンを掛け、言った。
「いつも通り。しくじるなよ、ヴァイパー」
助手席の上で一つ深呼吸をし、彼女は言った。
「……えぇ」
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