第3話 石の壁

 この世界にいると心が壊されてしまいましたそうだ。

 そんな精神状態へ、更なる恐怖が追い討ちとなってた。


 まるで馬の列が駆けてくるような地響きが、壁の向こうから聞こえる。

 

 何これ? 地震?


 揺れが大きくなるにつれ、壁に埋め込まれた人々は声を荒げた。


「頼む、殺して!」「死にたいよぉ!」「もう、いやだぁ!!」


 すると、壁の頂上で大きな火柱が舞い上がり、轟音と共に薄暗かった世界を赤く照らした。

 

 数秒で火柱は沈み薄暗かった世界へ戻るが、壁の人々の絶叫は鳴り止まない鐘のように続いた。


 それを見たストーカー男は、上ずった声で笑う。


「ハハハッ! この世界は現実よりも残虐だぁ! 壁の向こうには一面、溶岩の海が広がっているんだ。それが波のように押し寄せて、火を噴く。この壁は防波堤なんだよ」


 気が変になりそう……。


 理不尽過ぎる。

 生前、追い回された挙げ句、命を奪われて、死後の世界でも追いかけられる。

 しかも、死んでるから逃げ場がない。

 もう逃げる気力すら失いそうだ。


 地面に膝を着いて座り込むこむ私へ、男が鉄線を持って近づく。


「安心して、牧野。この世界なら、俺はお前を幸せにできるから」


 憔悴してうなだれる私は、一つの変化に目が止まる。 


 石に挟まる人々が暴れる度、壁の石がボロボロと落ちてくる。

 もしかしたら、モロくなっているのかも?


 私は近寄るストーカー男に懇願した。


「ご、ごめんなさい……もう、逃げません」


 男は一瞬戸惑ったようだけど、すぐに上機嫌になり言った。


「牧野! ハハハッ! 最初から大人しく俺の奴隷になっていれば良かったんだ! やっと解ったのか?」


 男がこちらの視界へ入った時、ここがチャンスだと、両手で力の限り男を押した。

 押された男は石の壁で蠢く、無数の腕に胴と手足を掴まれる。


「ま、牧野!?」


 蠢く亡者に石の壁が徐々に崩れていく。

 私は立ち上がり、後ろを振り返ることなく走り続けた。


「待てよ! マキ……」


 と、男が呼び止める声を書き消したのが、燃え盛る火柱だった。

 石に挟まった亡者が一斉に暴れたせいか、壁は耐久力を無くし、積み木を崩すように決壊。

 溶岩の海が流れ出した。


 数秒遅れていたら、私も巻き込まれていた。 

 小高い丘へ上り溶岩の波から難を逃れる。


 崩れた石の壁に挟まれた亡者は、溶岩に呑み込まれ、ストーカー男も巻き添えをくう。

 全身は激しく発火し、男は断末魔を上げながら暴れた。


「あぁぁああっ!! マキノォォオオ!!」


 蒸発した白い煙だけを残して、沼に沈むように溶岩の中へ呑まれた。

 アイツが持っていた有刺鉄線は、オレンジ色に発光しながら、水飴のように溶けていく。


 放心状態で丘から溶岩の川を眺めていた私は、再び宛もなく歩くことを決めた。

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