第2話 剣山

 道が途切れた断崖。

 しかも眼下に広がる谷は、氷柱つららを逆さに立てたような剣山が広がる。


 全ての尖鋭が私を睨む。


 まごつく間に、いばらが首にまとわり付くような痛みを感じる。


「捕まえたよ。牧野」


 男が私の後ろから、有刺鉄線を巻き付けて首輪にした。

 鉄線の針が喉に深く突き刺さり、私は激痛で暴れる。

 想定外だったのか、男にあせりの色が見えた。


「あ、暴れるな」


 暴れた拍子に私は、背後の男もろとも剣山の谷へ落ちる。



 意識が一瞬、途絶えた。

 地面に頭を打ち付けたのか、意識がもうろうとする。

 かすむむ視界の先に写った物、それは、剣山に腹部を貫かれた男の姿だった。

 十字架のようなオブジェとなった男から、山形の岩を伝い血液が流れ、足元に赤い沼を作る。


「ひっ!?」


 短く悲鳴を上げながら私は飛び退いた。

 あっけない顛末てんまつに戸惑いつつも、これで身の安全が守られたと安心する。


 そのはずだった。


「がはぁ!」


 男は踊り狂うウジ虫のように、体を波打ちさせる。

 突き刺さる傷口が、剣山を這って登っていく。

 数秒足らずで剣山から抜け出た男は、転がり落ち、立ち上がると、臓物が垂れ下がる腹部に触れて静かに言った。


「俺を怒らせたね?」


「いやぁっ!」


 私は首に絡みついた鉄線を外し、半狂乱になりながら逃げる。


 走りながら振り向くと、男は笑み浮かべて追ってくる。

 私を追い回すこと自体を、楽しんでいるとしか思えない。

 とにかく走り続けないと。


 でも、この世界は私の行く手を阻むように出来ているのか、逃げ道が許されなかった。


 何コレ? 

 積み重なった石の間に人が挟まっている。

 それも一人や二人じゃない。

 何十人。いえ、パノラマ状に続く石の壁一面に、数百人の人間が埋め込まれている。

 私は恐る恐る近づく。


 石の壁から垂れ下がる腕が、私の手首を掴んだ。


「きゃぁ!?」


「た、助けて……」


 壁に挟まった人達が一斉にうめき声を上げて、壁から突き出した腕を動かす。

 それは裏返したムカデが、無数の足をバタつかせている光景に見え、心地のいいものではない。


「苦しい」「死にたいよ」


 掴まれた私の腕は、針から糸を抜き取るように外れた。

 改めて見ると老若男女関係なく、壁に埋め込まれている。


 異様な光景に目を奪われ、どうすれば解らず体は硬直。

 そこへ、あの男が悠々と足を運んで来た。


「芸術性が高い光景だよな。寺とか神社とかの話でよく聞くだろ? 悪い事をすると地獄に落ちて罰を受けるって。だから、コイツらは、みんな罪人なんじゃないかな?」

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