輪廻のストーカー

にのい・しち

第1話 牧野

 私こと、牧野・凜嬭りんねは25年の人生を理不尽に終えた。

 仕事は順調だった。

 来年は海外旅行へ行く予定だった。

 素敵な男性にだって出会えたはず。


 もう、その機会は二度とやって来ない————。




 死んでいるはずなのに地に足が付いているなら、それは死後の世界かもしれない。


 暗い森は一帯が有刺鉄線に巻き付けられていた。

 しかも、枝に羽休めしてたであろう鳥達が、鉄線に絡みついて傷だらけでぶら下がっている。


 誰がこんな悪趣味な事をしたの?

 鳥を捕まえる罠なのかな?


 眠りの森の美女に出てくる、いばらの森が脳裏に浮かぶ。

 この場所を知る人はいないかと、歩みを進めた時、背後から男性に声をかけられた。


《まーきのっ》


 え?

 振り向くと、青白い顔に細身の長身。

 影を落とす風貌は、生理的に抵抗を覚える。

 男は涙声で話かけてきた。


「やっと見つけた。ずっと探していたんだ」


「誰ですか?」


「なんで俺を無視したんだ? ヒドイじゃないか? 俺達、付き合ってたのに」


「アナタと……付き合ったことないわ?」


 思い出した。

 この男は私のストーカー。

 後をつけ回されたり、遠くから家を監視された。

 警察に相談したけど、実害らしきものが確認できず、警察は積極的に立ち入ることが出来なかった。


 名前……この男の名前なんて知らない。

 だって、一方的に付きまとわれていたんだから。


 夜道を歩いていると、通行人の目をはばかることなく私を襲い、ナイフでメッタ刺しにされた。

 ストーカー男は生気のない顔で語りかける。


「牧野を亡くして初めて解ったよ。お前がいない世界に意味なんて無い。だから俺は、自分で自分を殺した。そしたら、また牧野に会えた。奇跡だ」


「アンタ、頭がおかしいわ?」


「そうだよ、俺はおかしいんだ。牧野に出会ってから、俺の頭は牧野でいぃっぱいだ。もう正気には戻れない。お前が俺を狂わせた」


「近づかないで!」


「なんで、そんなことを言うんだ? 口が悪い牧野には、しつけが必要だな」


 男が取り出した物がなんなのか、直ぐに理解出来た。

 森一帯に巻き付いていた有刺鉄線。

 それを短くした物を、こちらへ見せつけて言う。


「これを牧野の首に巻き付けて、俺から逃げられないようにしよう」


「こ、こないで」


「ここは死んだ人間がたどり着く最果て。俺と牧野、永遠に2人だけの世界が続くんだ」


「いやぁあ!」


 私は男に背を向けて走った。

 とにかく遠くへ逃げないと。


 息を切らして手足が痺れるほど走った。

 お陰で、あの男から身を守れる距離まで、離れることができた。

 けど、希望へ向けて駆けていた足は、絶望に止められる。

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