URATUKA

古宮半月

第1話 地獄の入り口

 禍奈川かながわ由良塚ゆらつか市。別名、地獄の入り口ともよばれ,

その由来は、俺は交番に勤務しているから痛感しているが、治安の悪さであったり、あるいは、市の中央を縦断するように流れる大きな死蓋川しぶたがわが夕焼けを映した真っ赤な様子の美しさへの畏敬からだったりするそうだ。

 でも、俺は案外そのままの意味だったりするのではないかと思っている。


「―オイ。いつまでくうを見つめている?吾輩と契約を結び真の自由を手にするのか?それとも、今までどうり凡庸ぼんようで低俗な人生を生きるのか?さあ、選べ」

 

 俺は軽い気絶から意識を取り戻して、さらに体感時間3時間(実際には30秒ほど)の熟考の末に、ようやくこれが現実であることを受け入れる。

 

 顔を目の前まで近づけて問いかけてくる赤い体から黒い羽根をはやした悪魔、みたいな使

 6畳1K、住み始めて1ヶ月で物置部屋と化した生活感満載一人部屋は、住宅感皆無のアパート降草荘ふるくさそうの二階、階段から4つの扉の前を通り過ぎて最奥におさまっている。

 そんな、ただでさえ狭苦しい部屋に突然、音もなく現れたのが、レッディファーと名乗る自称天使である。血を浴びたように赤い全身はボディビルダー並みに筋肉質で、体から想像出来うる顔の30倍いかつい強面こわもて、いや恐面コワもての額からは黒い角が一対生えている。そして、背中からはカラスの黒い羽が一対、生えている。墨汁に浸したような黒い輪っかを頭上に浮かべているのは、せめてもの天使要素だろうか。しかし、少なくとも人間じゃあない。


「聞こえているのだろう?なぜ吾輩を無視する?よもや驚きのあまり失神したのか?ここはよい場所だと思ったんだがね……。仕方あるまい、他をあたるか」

 部屋に無断侵入して、滞在時間は20分ほどになるであろうレッディファーが、無断で壁をて部屋を出ようとしている。

「まっ、待て!」

 俺はなぜか、とっさに彼(?)を呼び止めていた。

「…おや、失神から覚めたか?」

 壁にめり込んでいた半身を引き戻し、ニヤァと悪魔のような笑みを浮かべる赤い天使。引いた勢いのまま、すっと胡坐を組んで、畳の上に座った。いかつかったのが嘘みたいに、にやにやした顔が眼前に置かれた。

引き留めた俺が何を話してくれるのかと、待ちわびている様子だ。

「な、なんで、俺の部屋に来たんだ?隣の部屋でなく、この205の部屋に入ってきた?」

「ふむ。無難で面白みのない答える気にもならない、発想の飛躍もなく想像力に欠ける質問だな。だがまあ、一言でいってしまえば、一時的な隠れ蓑に最適であったから、だな。理由は不明だが、この付近の時空間はなんらかの異常をきたし、歪んでいる。そのおかげで、吾輩の気配をうまく紛れさせ、奴らの目から逃れることができるのだよ。かと言って歪みの中心にはいたくない。だから、少しずれた205ここ

 レッディファーは鋭い爪のついた人差し指で畳を指した。

「目的は俺じゃなくて、ここという場所なのか?だとしたら、さっき言ってた契約とかいうのは嘘で、ついでに俺の寿命が欲しいから、とか」

「ハッハハ、否否いやいや。嘘ではない。素晴らしいちからを与えるつもりだ」

「ちから?どんな、ちからだ?」

「一つ、この世の万物から選んだものと融合できる。そして、それのエネルギーをお前が消費できるようになる」

「例えば全能の神と融合して世界を意のままに支配する?けど、俺にそこまでの深い欲はないし、せいぜいがデカいカラスの羽をもらって空を自由に飛びまわる、なんてくらいのことにしか使わない......と思う......」

「別にそれだって構わないさ。ともかく、吾輩がここに住めて、お前が欲を満たすことができればwin-winでめでたしめでたしというわけだ」

「俺が欲を満たす必要はないだろ。勝手に出入りして住み着いてたって、おまえをどうにかできるとは思えないし」

「そこはあれだ。吾輩の良心によるものだ。最初に部屋に入って来たときに言ったであろう、吾輩は天使であると。......ん?奴め、ここを嗅ぎ付けたか」

「え?は?奴って誰だよ?」

「まあ、いつも通りの日常的な対応をしてくれ。くれぐれも吾輩が居ることは言うな」

 視線だけで、生存本能に訴えかけてくるような、恐怖というナイフが背中に突き付けられた。

 これが天使のすることかよ。


 すると、インターホンの呼び鈴が鳴った。ほかに選択肢がないので玄関に向かい、小さな覗き穴から外の様子をうかがうと、グレーのスーツを身にまとった胴が見えた。

「御免下さい。いらっしゃいますでしょうか?」

 ドアの外から男が呼びかけてくる。

 俺はできるだけいつも通りに、だが危なくなればいつでも逃げ出してやるぞ、という気持ちでドアを開けた。

「は、はい、なんでしょうか?」

「ああ、どうも。実は最近このあたりで、奇妙な噂が広まっているとかいないとか聞いたんで。そのことについてちょっとお伺いしたいなと思いまして。......おっと失礼。わたくしこういうものでして」

 掌大てのひらだいの手帳を開いて見せられた。表情は違うが、チリチリの黒い短髪の、おそらく目の前の男であろう人物が写った写真も見える。写真の下には「K」と記されている。

 グレーのスーツ、紺地に金の斜めストライプが入ったネクタイをした、コーヒー色の男はこちらのパーソナルスペースにすんなりと入ってくる柔和な雰囲気だった。その雰囲気には似つかわしくない重々しい、濃い鼠色の手帳を見せることで、何か公的で国家に属する組織の証明をしたいようだ。だが、あきらかに警察手帳やその類のものには見えない。

 それを一瞥してから、答える。

「いえ、特に変わったことは無いと思いますけど」

「そうですか?顔のいかつい真っ赤な悪魔、いや、......天使とか、見てないですかね?」

 目の前の男は、真っ白い歯を見せて柔和な雰囲気はそのままに、眼球の奥に望遠鏡でも搭載しているかのような、こちらを見透かすような視線。そしてなにやら、その視線を彼の右腕に巻かれた鈍いゴールドの腕時計にも落としている。

 男が続ける。

「そう、天使。背中からでかい羽が生えてて、頭の上にチョコレートドーナツみたいな輪っかを乗せた天使。そして真っ赤なワインを全身に浴びてるような悪魔、みたいな天使なんですけど。ほんの少し気がかりに思った事柄でもいいので、記憶を探ってみてください」

「そ、そうですね。何か、何か、少しでもひっかること、ですよね」

 俺は目をつむって思い出すふりをする。そして、考える。この人なら、あの自称天使をどうにかしてくれるのか?だって、こんなタイミングで奇跡的に......。いや、こいつらが仲間グルである可能性もあるのか......?

 男は、また腕時計をチラチラ見ている。そんなに時間が気になるのか?


「......微かに上振れているな。あいつ、やっぱり此処ここに居やがるんだな......ああ、それで実は、その天使が、あなたの家に忍び込んでいる可能性もあるんです。でも、怖がる必要はありません。ちょっとビビらせてくるくらいですよ。最近、家の中で物が勝手に動いたりしてないですか?」

「え――――っと、たぶん、大丈夫、です、かね」

 どうしよう。どうする。でも、あいつの、あの射殺すような眼光が脳裏によぎる。殺されたくはない。死にたくない。

 こうなったら、一か八か。そうさ、最初からそういう気構えだったじゃないか。

「ウ、す、すみませんっ!!!!!(危うくなれば逃げだしてやるぞっ!)」

 俺は上下グレーのスウェットのまま、男の脇をくぐるように走り出した。玄関に出たときに靴を履いておいてよかった。

「おい!待て!むやみにあいつから離れるな!」

 ごめんなさい!でも、ここに居たら気がふれそうなんだ!一刻もは

「ゔっ」

 顔面および身体前面への、急な衝撃により俺の走行は強制停止された。

 まるで壁にでもぶつかったかのような、衝撃。尻もちをついた状態で、動揺しながらも視界の情報が脳内で整理されると、どうやら世界が薄紫色に染まっているらしいと分かった。そこから数秒かけて、薄紫の直方体に閉じ込めれれているらしいと分かった。


「まったく、勘弁してくれよ。あと一歩進んでたら串刺しだったんだぜ?」

 そう言いながら、グレースーツの男が腕時計をこちらにかざしていた。腕時計から紫色の光線が放たれており、それが俺をすっぽりと包む直方体につながっている。

「串刺しって......」

 恐る恐る訊くと、男はあっさりと答える。

「目の前の、その剣でさ」

 眼前では、一滴の光も反射していない真っ黒な細長い剣が、こちらに矛先を向けて浮いていた。

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